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17.湖のほとり

第三章、開幕。

物語は次の街へと舞台を移します。




「うん。似合ってる。うん」

「えーと? もういいかな?」


 街に入って真っ先に連れて行かれたのは庶民向けのブティックだった。

 照明の眩しい、明るい店内。

 何故だか着せ替え人形と化したわたし。

 現在。

 リアと店員さんの進めるままに服を着替え続け、ようやくリアの承認が降りたところである。……承認?


 ビリジアンのトップスはニット素材で、丸く開いた首元に繊細なパール刺繍が施されている。オーガンジーの七分袖はパフスリーブより一回り大きい。

 店員さんが、バルーンスリーブと呼ぶのだと教えてくれた。どうやらこれが今の流行らしい。

 サブリナパンツは黒のように見えてグレーやネイビーの糸が巧妙に織り込まれている複雑な色合い。ウエストを調整する革ベルトには短剣も差せそうだ。

 ダークブラウンの革靴は甲の部分で紐を結んで調整するオックスフォードシューズ。虹色の糸で蔦模様が縫われている。

 胸元まである銀髪は高い位置でひとつに束ねた。

 デザインの良し悪しはともかく、これなら動きやすいことは間違いない。


「それにしても、まるで母娘(おやこ)のようだ」

母娘(おやこ)じゃないわ。近い将来の()()()()()よ」

「ミュ、ミュゲー?」

「あたしは弟子入りも諦めていないから」


 引きつった笑いを浮かべていると、ミュゲがふん、と鼻を鳴らした。

 ばちっと視線が合う。本日も圧の強い10歳、絶好調である。


 同じく着せ替え人形となったミュゲは同じデザインでペールオレンジのニット。

 キュロットスカートはダークネイビー。革靴は、わたしとお揃いだ。

 テラコッタ色のツインテールがふわふわと揺れている。


「リアは? リアはいいの?」

「僕はいいんだよ」


 澄ました様子のリアは、支払いまでもしてくれた。

 わたしに内緒で金貨や銀貨を用意していたというところがリアらしいといえばリアらしいのだけど、用意周到にも程がある。


「オートクチュールじゃないからお手頃だし、気にしないで。僕が、ジャンに黒以外を着てもらいたかっただけなんだ」


 ばちっとウインクしてくるリアに押され、新しい服で店の外に出た。

 空は青く澄みわたり、雲ひとつない。

 ロシュの村から近い筈なのに、この街は明るくて瑞々しい空気を感じる。


『わぁ、ジャンが黒くない~』


 黒猫のシアが近寄ってくる。羽音も聞こえるけれど、シュカの姿は見えない。

 リアがすっとしゃがんでシアの顎を撫でた。ごろごろと満足そうにシアは喉を鳴らす。


「この街は魔女に対して好意的ではないから、あまり喋らないようにね」

『にゃあ』


 我が使い魔ながら、順応が早い。そのままどこかへ歩いて行ってしまった。


「そうなの?」

「そうなの」


 立ち上がったリアは手をぱんぱんと払った。

 シュカも()()を知ってて現れないのだろうか。


「さて、まずはこの街の中心へ向かおうか」





 


 目の前に広がっているのは雄大な湖。

 水平線がくっきりと空と湖を分けていても、湖は見事なまでに空を映している。

 のんびりと湖畔を散歩している人々もいるようだ。


 少し離れた芝生広場では楽器の演奏も行われていた。

 軽快なのに郷愁を誘うメロディー。

 弦楽器を優雅につま弾いている姿に、通行人は立ち止まって拍手を送っていた。楽器のケースにチップを投げている人もいる。


「うーん?」

「どうしたの、ジャン」


 わたしの唸り声に反応するのはリアだ。


「あのひと、見覚えがあるような気がするけれど……」

「有名な演奏家ならどこかで見かけたこともあるんじゃない?」


 ミュゲが意見を述べてくる。

 魔女となってからはほぼ引きこもってきた身として、違うような気もするけれど黙っておく。


 もやもやしている間に、演奏家は弦楽器を片付けて広場から離れて行ってしまった。


「湖を水源として豊かな食文化が発達した。それがこのファリーヌという街なんだ。奥には山も見えるだろう? 山の幸と、淡水の幸が豊富なんだ」

「へぇ。水がいいっていうことはお酒も美味しいね」

「ジャン。程々、という言葉の意味は知ってるかい?」

「もちろん」


 てってってっ。


 ミュゲが湖に駆け足で向かう。

 木の柵に両手をかけて、跳ねるように身を乗り出した。


「空が曇っていないだけで、こんなに気分って清々しくなるのね。空気が美味しいわ! それに、湖? すごい大きな水たまり。こんなの初めて見た。あっ! 何かいる!」


 息を荒くして湖を覗きこんでいる。

 新鮮な反応が、なんとも可愛らしい。これだけでも、ミュゲがあの村から出てよかったように思えてくる。


 リアがミュゲの方へ歩いて行き、隣に立って、声をかけた。


「魚だよ。食べたことはあるかな」

「干したものなら。これが生きている状態なのね。変なかたち」


 興味深そうに湖を観察するミュゲ。

 リアは振り向いて、わたしに微笑みかけてきた。


「ランチは魚で決まり」

「はいはい」


 再びリアはミュゲに話しかける。どうやら魚について説明しているようだ。


 ――呪いは、今も彼を蝕んでいるのだろうか?


 道中、何回か尋ねてみようとした。秘密結社フォイユのことについても。命を狙われていると、リアは知っていたのだろうか?

 訊きたいことは山積みだ。

 だけどその度にはぐらかされ、ずるずるとここまで来てしまっている。

 こんな悠長にしていていいのか、疑問というより、不安だった。


「いいんだよ。ここには、ずっと訪ねてみたかった店もあるし」

「へ?」


 いつの間にかリアとミュゲがわたしの目の前に立っていた。

 ぽんっ。

 リアがわたしの頭を撫でる。

 背を抜かされたのはいつだったか、ぼんやり考えるけれど思い出せない。


「のんびりしてる暇なんてあるのか、って顔してたから」

「……相変わらずひとの考えていることを察するのがお上手で」

「ジャン限定だよ。さぁ、美味しい魚を食べに行こう」




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