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15.新たな謎




「貴女の話は幼少期より祖父に聞かされて育ちました。我々秘密結社フォイユは、ずっと貴女を探していました。まさかこんなところでお会いできるなんて思ってもみませんでした」


 淡々としているようで、力強い言葉。その端には感情が滲んでいるようだった。


 ……孫。それもそうか。

 わたしは不老となったけれど、普通に歳を重ねていたら、イリスはクリザンテムさんより歳上だ。

 ようやく、ゆっくりとではあるものの、呼吸が戻ってくるのを感じていた。


「眠っている時間は長くなりましたが、祖父はまだ生きていますよ」

「……!」


 両手で口を押さえる。こみ上げてくるのは涙。

 別れの言葉が、鮮やかに蘇ってきた。


【あなたは、私の希望でもあります。最初で最後のお願いです。どうか、生き延びてください】


 なんということだろう。

 イリスもまた、生き延びてくれていたのだ……!


「イリス? ()()()()()()の乳兄弟か」


 アベイユが、声を発したリアへ視線を移した。

 刹那。ふたりの間にぴりっとした殺気が走るのが分かった。

 リアへ顔を向けたまま、アベイユが尋ねてくる。


「ジャンシアヌ様。どうして()()()()()()()()と行動を共にしているのですか?」


 今度は、え、と間の抜けた声が出てしまった。

 仇の生まれ変わり、だって?


「秘密結社フォイユの目的はグルナディエ王国の滅亡。そして、ネニュファール・ユイット・グレーヌの生まれ変わりを見つけて――()()()()()()()、です」

「待って!」


 わたしはふたりの間に割って入り両腕を広げる。

 アベイユと向き合うかたちになって、やっぱり、イリスにそっくりで……胸がいっぱいになる。


「リアは確かに王子の生まれ変わりよ。でも、フォイユ家の悲劇はアコニ嬢に仕組まれていたことだった。そして今もリアは呪いにかかったまま……。わたしたちはその呪いを解くため、王都へ向かっているの」

「信じているんですか?」


 騙されているに過ぎない――そんな棘が剥き出しになった言葉が、容赦なく刺さる。

 それでも怯まず、琥珀色の瞳を見つめ返す。


「えぇ。信じている」

「……」

「……」


 ぴりぴりとした緊張が皮膚の上で弾ける。

 しばらく見つめ合った後、折れてくれたのはアベイユだった。


「しかたありません。今日のところは身を引きましょう。しかし、また改めてお迎えに上がります。祖父も貴女に会えたら、万感の思いでしょうから」


 アベイユが再び布で顔を覆う。


「そして、ネニュファールの生まれ変わりよ。そのときこそ必ず命をいただきましょう。()()()()()()()()


 勢いをつけて跳ねるようにアベイユが飛び上がった。

 そのまま消える姿。


「……っ!」


 気が抜けて、わたしはへたり込んだ。手に力が入らない。


『ジャン』

「……情報量が多すぎてついていけないんだけど。イリスが生きていて、孫までいるだなんて。秘密結社フォイユ? それにリアが王子の転生した姿だって知っていた? 何がなんだか」


 わたしの動揺に、シアは気の抜けたあくびで返してきた。


『乳兄弟、ね~。よかったじゃん、生きてて~』

「あぁ、だめだ。びっくりしすぎて立ち上がれる気がしない」

『竹箒に乗ったら~?』


 そうだね、と答えようとしたとき、ふわっと体が浮いた。

 わたしの魔法じゃない。


 リアに後ろから引き寄せられ、抱き上げられていた。


「リリリ、リア!?」

「手。首の後ろに回して」

「は、はい」


 有無を言わさない口調に素直に従う。

 どうやらこのまま歩いて行くつもりらしい。い、いいの?


「ジャン」

「う、腕が痺れたり腰が痛くなりそうだったら降ろしてね?」

「ありがとう」

「……リア?」


 リアの声がわずかに掠れている。

 お互いに衝撃を受けていた。リアもリアで思うところがあるのは間違いなかった。


 だから、わたしは。

 首に回した手に、力を込める。


「信じる方が苦しいけれど、苦しいのには慣れているから」

「……ありがとう」


 リアが首を垂れる。


 ふわり。さらり。


 黒い髪がわたしに触れた。王子の金色とは違う、リアだけの黒色。

 心臓が、いた、い。

 ずきずきと、痛みを訴えている。どこにあるかも分からない心の代わりに。


 苦しさに気づかれないよう、そっと瞳を閉じることしかできなかった……。






「この辺りまで来れば安全かな」

「もうそろそろ降ろしてもらってもいいんだよー? リアー?」


 何回目かの訴えはようやく聞き入れられ、わたしは地面に立たせてもらえる。

 この村で初めて目にする小川のほとり。

 リアは岩場に腰かけ、わたしは地面に頬と手もつける。


「久しぶり、地面!」

『たかが数十分のことでは』

「気力も戻ってきたことだし、実りの魔法をかけなきゃ」

「気合十分だね」


 わたしを運んで体力を浪費したはずのリアはにこにこと微笑んでいる。


「僕のおかげだ」

「へっ? ま、まぁ、そうだね」


 何故わたしが照れねばならぬのか。まぁいい。


「ルヴァンシュ、ルヴァンシュ」


 クリザンテムさんの畑にしたように魔法を大地に注ぎ入れる。

 道のりは長いだろうけれど、この村の人々が農業にも目を向けてくれますように……。


「一休みしたら次の街へ向かおう。今度は立派な食事を取れる街だよ」

「はいはい。お任せします」


「それって美食の街?!」


 すると、突然歌うような声が響いた。


「ミュゲ!?」


 地面に座っているリアの胸めがけて、ミュゲが飛び込んできた。

 リアに抱きついたまま肩越しに振り返ってくる。

 テラコッタ色の瞳はいっそう輝きを増していた。


「おじいちゃまの許可はもらったわ。あたしも連れてって!」


『なんと』

『行動派~』

「え、えええ?! ほんとうにっ?」

「この村はしばらく悪い意味で忙しくなるから、ここにいた方が危険だって言ってくれたの」


 背負っている小さなリュックはぱんぱん。

 強い決意は揺るがないぞと言わんばかりに、立て板に水。


「あたしは勘が鋭いから、ここにあなたたちがいるのだって分かったわ。きっと役に立つ。ねぇ、お願い」


 リアはミュゲを無理に引き離そうとせず、ふわっと表情を和らげた。


「しかたないね、ジャン」

「うーん。うーん?」

「決まりね! ねぇ、烏さん、猫さん。あたしはミュゲ。お名前を伺ってもいいかしら?」

『吾輩はシュカ』

『ボクはシアだよ~。よろしくね、ミュゲ~』


 リアには呪いがかかっているし、命も狙われているというのに、いいんだろうか。


 ……まぁ、いいか。

 わたしが強くなればいいだけのことだ。

 全員まとめて、守れるくらいに。今度こそ。


 何ひとつ、失ったりしない。






『Ⅱ 実りのない村』はこれにて閉幕。

回想を挟んで、物語は続きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] エブリスタからこちらに参りました。まずは2万字までと思ったのですが、どのあたりなのかわからず、気づいたらここまで夢中で読んでいました。 大変面白かったです! 一話目から目が離せず、次々に予…
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