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14.襲撃と衝撃




「わたしたちはこの村を出ようと思います、クリザンテムさん」


 リアから言われて気づいたのだ。

 クリザンテムさんが鉱山での事件を知れば、あるいは、旅人がこの家にいると知られたら。

 魔女だと名乗ったわたしに疑いの目が向けられることは避けられない。

 そうなる前にここを出て行かなければ、迷惑がかかる。


 ミュゲの家に戻ったわたしたち。

 クリザンテムさんが木製の四角い器に載せてくれたのは、ドライフルーツたっぷりのパウンドケーキだった。

 言い出すタイミングを計りかねて中途半端な宣言になってしまい、ぴたりとクリザンテムさんの動きが止まる。

 それからゆっくりと顔をわたしたちに向けてきた。どことなく眉毛が下がっているように見える。


「そうか。急だな」

「すみません。いろいろとお世話になりました」

「かまわない。あぁ、だからミュゲが部屋に閉じこもって出てこないのか」


 理由は別のところにあると思うものの、曖昧に笑ってごまかした。


「珍しいものがあったから買ってきた。せめてこれを食べて行ってくれ。子どもには酒の香りがきついし、儂だけでは全部食べ切れん。残りも持たせてやる」


 クリザンテムさんが木のコップに赤ワインも注いでくれる。


「ありがとうございます。いただきます」

「女神さまに祈りを」

「祈りを」


 生地よりもドライフルーツの量が多いんじゃないかってくらいの見た目のカットされたパウンドケーキ。柑橘系のリキュールがしっかりと効いてしっとりとしている。

 赤ワインと合う。これは、美味しい。

 ただ、子どもでは食べられないだろう。そう思って横を見ると、リアはデザートフォークでカットしながら口へ運んでいた。


「なに?」

「いや、子どもじゃなかったね、リアは」

「これくらいのアルコールなら平気だよ」


「……あの子がいないから言うが、儂は、あの子が出て行きたいのなら出て行けばいいと思っていた」


 クリザンテムさんが赤ワインをあおると、扉の閉まったミュゲの部屋へ視線を流す。

 それからあごひげをそっと撫でた。


「この村の空気はあの子には合わんだろう。あの子の父親も同じ性格の持ち主だった。息子の場合は、儂が無理やり閉じ込めた。その結果が、早すぎる死だったが」

「クリザンテムさん……」

「またこの村に立ち寄ることがあれば顔を出してくれ。そのときは、畑で収穫したものをごちそうしよう」


 どんどんどん! どんどんどん!


「クリザンテム、いるか!?」


 外から乱暴に叩かれる扉。

 わたしとリアは顔を見合わせた。

 おそらくロシュの岩山で起きたことを知らせに来たのだ。

 わたしたちの空気が変わったことにクリザンテムさんは何かを察したのか、椅子から立ち上がった。


「何も聞かん。儂は、あんたらが悪人だとは思っとらん。裏口からさっさと出て行け」

「すみません。何もかもお世話になりました。ミュゲにもよろしく伝えてください」


 幸いにも裏口に村人はいなかった。

 シュカとシアがすぐさま近寄ってくる。


『どうする?』


 なるべく早く家から離れようと、わたしたちは小走りで人のいなさそうな道を行く。

 シュカが空から見てくれるおかげで、それは簡単に達成できた。


「できるだけ土に実りの魔法をかけてから出て行きたい」

「ジャンのそういうところが好きだよ」

「はい?!」


 びっくりして立ち止まってしまったではないか。

 リア、いきなり何を言い出すのだ。


「もう一度言おうか?」

「いいえ、結構デス」


 ちぇっ、と残念そうにするリア。何故だ。

 文句を重ねようとしたときだった。


「危ない!」


 唐突にリアが叫びわたしの腕を掴んで地面へうつぶせに倒した。次の瞬間耳も塞がれる。えっ、と声を漏らすわたし。


「安心してください。()()()()()()、火薬は使いません。ジャンシアヌ・フォイユ様」


「……え?」


 そんなわたしたちに降ってきたのは。

 少し前に遠くから聞いたのと同じ男性の声。


 リアがわたしから手を離した。

 横でゆっくりと身を起こす。

 わたしたちの前には、フードを深く被り、顔の下半分を布で覆った男が立っていた。

 ふわっとしたズボンは黒色。頑丈そうなブーツを履いている。


「お初にお目にかかります。私はアベイユと申します」


 この声……聞き覚えがあるのは、今日だけじゃない。

 もっと、ずっと昔……。

 いつ? どこで?


 そもそも、彼は今、わたしのことをなんて呼んだ?


 記憶を辿ろうとしていると、アベイユと名乗った男はフードを取り去って、顔の布を外した。

 ゆっくりと、もったいぶるように。

 そして露わになった彼の素顔に心臓が跳ねる。


「……そんな……」


 地面に腰をつけたまま、わたしは立ち上がることができない。混乱から回復できない。


「生きて……いたの……? イリス……!」


 それでもなんとか乳兄弟の名前を叫ぶ。振り絞るように。


 琥珀色の髪と瞳、に、あまりにも懐かしくて視界が潤む。

 少し面長の顔も、太い眉も、薄い唇も。

 記憶とまったく違わない。


 イリス。


 実の兄のように慕ってきた青年。

 そして、わたしを地下牢から逃がしてくれた大切な()()……。


 だけど、アベイユというのは?

 それにイリスとは纏う空気が別物だ。

 気弱で穏やかだったイリスと違って、目の前の彼は喜怒哀楽に乏しい印象を受ける。

 きつく吊り上がった三白眼。にこりともしない口元。


「やはりイリスの若き頃と今の私は、瓜二つなのですね」


 わたしへ答えるように、目の前の彼は予想もしなかった事実を告げた。


「私はイリス・ティージュの孫です」

「イリスの……孫?」


 すっ、とアベイユが近づいてきてわたしの前に片膝をついた。




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