13.失われたはずの
土埃が至るところで上がっていて視界が悪い。腕を顔の前に出して、なんとか目を凝らす。
最初にいた場所まで戻ると人々が逃げ惑っているのが見えた。
「ふたりとも、吸い込まないように気をつけて」
「ミュゲもね。ハンカチで口を押さえてて」
ハンカチを渡すとミュゲは素直に従ってくれた。
腕で口元を隠し、リアが眉を顰める。
「落石にしては何かがおかしい。火薬のにおいがする」
「ここで火薬なんて絶対に使わないわ。一体何が起きているっていうの?」
ハンカチ越しにもミュゲの動揺が伝わってくる。
わたしはミュゲを自分に引き寄せた。この子はなんとしても守らなければ、クリザンテムさんに会わせる顔がない。
「ジャン。上だ」
違和感の正体に、先に気づいたのはリアだった。
つられて顔を上に向けてわたしも気づく。
「作業着じゃない人たちがいる……?」
フードを目深に被って、さらに顔の半分を黒い布で覆った人間。複数が高低差のある岩場に散らばって立っていた。
そのなかでも、最も高い位置――女神像の傍らにいる者が声を張り上げる。
「我らは秘密結社フォイユ!!」
「……は?」
今、なんて?
フォイユ。
それは失われた、わたしの、一族の名だ……。
唐突に鮮やかに蘇るのは一族を失ったときの光景。火柱。どうして、どうして……。
「ジャン。しっかりして」
リアに話しかけられてはっと我に返る。
名乗りの後に、堂々とした口上が続いていた。
「我らの目的はグルナディエ王国の積み重ねてきた悪行を暴くことである! ここで造られている鎮痛剤は強力なものであり、罪のない人々を殺害するために用いられてきた事実がある! よって、この地は我々が破壊する!」
固まったままのわたしの肩に、リアが手を置く。そして耳元で囁いてきた。
「早く逃げた方がよさそうだ。巻き込まれたら確実に面倒なことになる」
「でも、村の人たちは?」
「ジャン。彼ら全員を守れる魔法が、君に使えるか?」
……答えることはできなかった。
今のわたしでは、リアとミュゲを守るので精いっぱいだ。
「奴らに気づかれる前に早くここを出よう。いいね? ミュゲも」
ひょいっ、とリアがミュゲを抱きかかえる。
ミュゲは抵抗する様子もなく、ひどく静かだった。
わたしたちは衝撃と音の続くなか、元来た道を全速力で戻る。
「な、なんだお前ら?!」
扉内側の見張り番がぎょっとしながらも槍の先を向けてきた。
「あなたも早く逃げなさい!」
「はっ?!」
わたしに怒鳴られると思っていなかったのか、見張り番が怯む。
リアがぽんと見張り番の肩に手を触れた。
「ついでに倒れている外の彼も一緒に」
――走って、走って、走って。
ようやく安全だと判断できる場所まで戻ってくることができた。
ゆっくりとリアがミュゲを地面に降ろして、そのまましゃがみ込んだ。肩で息をしている。
「ぜーはーぜーはー」
「肉体派じゃなかったの?」
「5日間も寝込んでいたせいだ」
ごろんと寝転がり地面に仰向けになるリア。
わたしはわたしで腰を下ろし、リアの横に座った。三角座りで頭を埋める。
「……ジャン」
「どういうこと」
自分でもびっくりするくらい低い声が出た。
「フォイユって名乗ってた」
「ジャン」
「もうわたし以外いないのに!」
「ごめん」
「どうしてリアが謝るのっ」
顔を上げなくても分かった。
リアが後ろからわたしを抱きしめていた。抵抗できず固まっていると、言葉が降ってくる。
「……ごめん」
泣いたらだめだ。ぐっと唇を噛む。すると、静かな泣き声が傍から聞こえてきた。耐えようとしても耐えられない、震えた泣き声。
すんっ、すんっ。
「……みんな、無事かしら……」
ゆっくりと顔を上げる。
泣いていたのは、ミュゲだった。
無理もない。気丈に振る舞っていても、まだ10歳なのだ。
あぁ。
最年長のわたしが折れててどうする。しっかりしなきゃ、と深呼吸をしたとき。
『確認してきたよ~』
『安心するといい。全員脱出できた』
『秘密結社の目的は閉山だけだったみたいだね~』
「シュカ。シア。あなたたち、なんて優秀な使い魔なの」
シュカが肩に、シアが膝に飛び乗ってくる。
『秘密結社と名乗る面々も山から出て、最終的には、扉を爆発物で封鎖したようだ』
『とりあえず家に戻った方がよさそうだよ~』
「ミュゲ、歩ける?」
こくりとミュゲが頷く。
家に向かって3人で歩いて行くと、クリザンテムさんが畑に水を遣っているところだった。
緩慢な動作ではあるものの、芽を慈しむような表情をしていた。
村の産業で家族を失って。もしかしたら、友人や大事な人も失ってきたかもしれない。
そして孫とふたりだけの生活。
彼は、どんな気持ちで畑に向かっているんだろう……。
「クリザンテムさんは、ばかじゃない。村のことを誰よりも考えている」
再びミュゲは首を縦に振った。
リアがわたしの背中に触れる。
「あの山がなくなったら、村の収入はどうなってしまうんだろうね」
「土に魔法をかけておく。どこでも、立派な作物が実るように」
クリザンテムさんの横顔を眺めながら、わたしは拳を握りしめた。