12.潜入した先には
「眩しい……」
光が目に染みる。
リアが寝込んでいる間、一歩も外に出ていなかったからだ。
「何日も寝たきりになると筋力が落ちて困る……」
リアもリアでぼやいている。
「しっ。静かにしてちょうだい」
最年少のミュゲが睨んでくる。
わたしたちは再び、山の入り口に来ていた。
もちろん見張り番に見つからないよう、木の陰に隠れている。
薬の原料が山の奥にある。
その言葉の後に、ミュゲはこう続けた――見た方が早いわ、と。
「あたしは村の人間だから堂々と中に入れるけれど、ふたりは? 魔法で目くらましとか? 変装とか?」
「忘れたのかい? 僕は普通の人間だよ」
柔軟運動を始めるリア。
ミュゲとわたしを順番に見て、ばちっとウインクしてきた。
「つまり、実力行使しかないんだ」
「ん? 肉体派だったっけ?」
「10年も一緒にいて知らなかったのかい? 土仕事は基礎体力づくりに最適なんだ」
あ、そうか。と口のなかだけで答える。
……今、無意識に王子のことを考えていた。ぷるぷると首を横に振って思考を打ち消す。
「この数日で多少なまりはしたものの、あの男くらいならのせると思う。ということで中で合流しよう」
ぽん、とリアがミュゲの頭を撫でた。
びっくりしてミュゲがリアを見上げる。頬が紅く染まって見えるのは気のせいだろうか。
「まずは行ってらっしゃい、お姫さま」
「……うん」
てってって、とミュゲが入り口に向かって歩いて行った。
「ん? ジャン、どうしたの?」
「えっ?」
「顔がこわばってる。まさか」
背中を丸めてリアが顔を近づけてくる。近い、近い!
「のっ、呪いは大丈夫なの?」
「うん。あの薬はすごいね、痛みがすーっと引いていった」
つまりそれだけ強力な薬ということだ。
今から暴こうとしている村の秘密でもある。
喜んでいいのか複雑な気分だ。
「で、どうやって潜入する? 土の魔女さま」
「シンプルに土の魔法を使うしかないよね。ということで」
地面に片膝をついて、両の手のひらを地面につける。
「ルヴァンシュ、ルヴァンシュ」
巡らせるのはわたしの魔法と土のなかに存在する力だ。
「「巻き上がって、見張り番をびっくりさせてちょうだい」」
ぽわ……。ざざざっ!
地面が光った次の瞬間、土がうねるように巻き上がった。
『びっくり、ってざっくり~』
「いいのよ。あくまでもお互い無傷で潜入したいだけなんだから」
土は人間ひとり分くらいの竜巻状になって、見張り番の男へと進んでいく。
「なっ、なんだ!?」
「さて何でしょう」
いつの間にか男の背後に回り込んでいたリアが、とんっと首の後ろを叩いた。
気絶する男。倒れてけがをしないように、リアは背後から男を掴んで塀にもたれかけて、座らせた。
「……わぁ」
鮮やかな手さばきに思わず拍手してしまう。
すると急かすようにリアが手招いてきた。
「ほら、早く早く」
『無傷とは』
扉の奥は薄暗いトンネルになっていた。
ひんやりとした風が出口から吹いてくる。
「遅いわよ、ふたりとも。早くしないと内側の見張り番も戻ってきちゃう」
ランタンを手に、ミュゲが待ち構えていた。
どうやら内側にいた見張り番を追い払ってくれていたようだ。
「ジャン?」
鼻に届くにおいに違和感を覚えて辺りを見渡していたら、リアに気づかれた。
「土のにおいが、変わった」
「におい?」
「……薬のにおいが混じってる」
そして、眩しさに近づいていくわたしたち。
「言ったじゃない。薬の原料があるって」
曇り空の下。
出口の先に広がっていたのは、岩が切り出されて段になっている空間だった。
奥には岩を切り出して創られた女神像。
……採石場、というのが近いだろうか。
鈍色の作業着に身を包んだ人たちが忙しく働いている。
「隠れて!」
ミュゲに促されて物陰に身を潜める。
見張り番らしき中年の男がミュゲに話しかける。
「呼ばれたって言うから来たけど、何もなかったぞ」
「あれ? おかしいわね」
「じいさんだけじゃなくお前もボケはじめたか? ははは」
髪の毛をかきむしりながら男はトンネルへ消えた。
やっぱり内側の見張り番のようだ。
「まったく、嫌になっちゃう」
ミュゲが全身を使って溜め息を吐き出した。
「人気のないところへ行くわよ。ついてきて」
幸いにも人々は自分たちの作業に集中しているようでわたしたちの存在が気づかれることはなかった。
岩の壁に、ミュゲは小さな手をつけた。
「この岩はここにしかない特殊なものらしいの。名前は、ロシュ。粉々にすればどんな痛みにも効く薬になるって、王都で重宝されているみたい」
「つまり、この薬がこの村の主要な産業ということか」
うん、とミュゲが頷く。
「だけど高いところに登って転落したり、落石に当たったりして事故は絶えないし、粉を吸い込みすぎても眠るように死んでしまうことがある。だからこの村の平均寿命は短いって流れの商人が教えてくれたわ」
「……もしかしてご両親も?」
「パパは落石に。ママは、加工中に粉まみれになって。あたしは絶対にそんな死に方、したくない」
ミュゲが固い岩を拳で叩くも、弱い力では音すら出ない。
「なるほど。ここはグルナディエに通じる子爵領のひとつだと聞いていたけれど、そういうことだったのか」
リアが口元に手を遣る。何かを深く考えているように見えた。
「リア。あなた、どこまで」
どんっ! ぐらっ。
衝撃、地揺れ。遠くで大きな悲鳴が上がる。
「言ってるそばから落石?!」
「それにしては揺れが大きかった。行ってみよう」