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1.2.2:戦闘


「あの時……」


 コンテナの中で、アリルがエンヴレンの巨体をじっと見つめながら呟く。


「あの時、これがあれば、姉ちゃんを、皆を救えたのかな。これから、誰かを救えるのかな。僕の、力で」


 その瞬間、突然車体が大きく揺れ、アリルは強かに壁に頭を打った。


「いったー。何やってんだよ、このヘボ運転手!」


 アリルは運転席のユウラに非難の声を飛ばすが、なんだか様子がおかしい。


「嘘だろ。冗談だろ。勘弁してくれよ」


「どうしたの?」


「冥獣だ」





 後方から接近する黒い影。


 その存在が何なのかを察した瞬間、ユウラは自動運転を解除、アクセルを限界まで踏み込んだ。トップスピードに達しても、影との距離は遠ざかるどころか、どんどんと縮まっていく。


「僕、エンヴレンで戦うよ」


 コンテナのアリルがとんでもないことを言い出す。


「馬鹿、無理だ。お前はまだ実戦には早いし、エンヴレンだってまだ初期設定もしてないんだぞ」


「じゃあすぐ初期設定してよ、そこからできるんでしょ」


 ユウラはチラリと視界の隅のモニターに目をやる。できることは、できる。


「無理だ」


 結局、ユウラはそう答えるしかなかった。初期設定だけでどれだけ時間が掛かるか。それが済んでも、各部の微調整をしなければ機体はまともに動作しない。

 仮にそれらをこなす時間があったとしても、結局ここにあるのは素体だけだ。拡張装甲も、武器も無し。丸裸。それでどう戦うというのか。

 かといって、他に手もない。黒い影は猛烈な速度で接近を続ける。


 次の瞬間、唐突に警報が鳴り響いた。コンテナが開放している。

 空気抵抗が乱れ、車体が大きく揺れる。ユウラはアクセルは決して緩めず、必死でハンドルを捌いて車体の安定に努めた。


「おい、何をしてる。閉めろ!」


 ユウラの怒声に、アリルも負けじと強い語気で答える。


「それなら、生身で行く。あれ、ゴブリンでしょ。それもたったの一匹。あれぐらいなら、今の僕にだって」


「馬鹿、馬鹿、やめろ。落ち着け」


 確かにゴブリンは体長五メートルほどの小型の種で、冥獣の中では相対的にそれほどの脅威ではない。それも、群れからはぐれたのか、たったの一匹。

 ベテランのミショニストなら確かに生身でも十分に相手にできるだろう。

 でも、アリルにはまだそこまでの実力があるとは思えない。


 焦りでこんがらがる頭の中、ふいにユウラはあることを思い出した。

 冥獣は、冥府の外ではあまり長時間活動できないはずだ。

 ユウラは額の汗を拭い、決断をした。


「分かった、アリル。エンヴレンに乗れ」





 アリルはすぐさまエンヴレンの胸のハッチを開け、その中に素早く潜り込んだ。

 動力、思考、両機関スタート。両手で左右の操縦桿を握り、両足をフットペダルに乗せる。


「時間が無い。初期設定は最小構成で済ます。微調整は無し。まともには動かないからな。くれぐれも無茶はするなよ。とにかく闇雲でも動き回って、時間稼ぎをしてくれればそれで十分だ」


「了解」


「それと、絶対に、絶対に、絶対に、壊すなよ。傷一つ駄目だからな。正規のミッションじゃないのに、エンジンを勝手に動かすだけで大問題なんだから」


「分かってるよ。大丈夫、任せて」


 しばらく待つと、股の間に位置するコンソールパネルの表示が初期設定の終了を告げた。方々に注意喚起の!マークが躍るが、気にしない。

 続けて、操縦のための機体との生体エーテル流の接続に移る。


「コンタクト」


 ミショニストのボイスコマンドにより、機体がアリルの生体エーテル流の読み取りを開始。その機能により、ミショニストはその思考だけで機体の制御が可能となる。操縦桿やペダルでのマニュアル操縦も可能は可能だが、それはあくまでも補助的なものであり、緊急時や、整備のために他の人間が動かす場合のためのものでしかない。


「なんだこのパラメータ。未調整だからって、もう少しなんとかならないのかよ」


 スピーカーから、ユウラの焦る声が響く。


「動かないの?」


「動くには、動く。でも思うようには絶対に動かないぞ」


「大丈夫。なんとかする」


 そう言うと、アリルは機体に思考で飛ぶように伝えた。


「行くよ、エンヴレン!」





 純白の巨体が、コンテナを飛び出し、宙を舞う。


「お、重い……っ!」


 アリルが衝撃に揺れるコクピットの中で歯を食いしばりながら、その隙間から小さく言葉を漏らす。


 エンヴレンはあくまでも拡張装甲をまとった状態での運用が前提であり、特に魔法に関しては、素体には大した増幅装置は搭載されていない。また、今は推進剤も積んでいないため、化学反応推進も使えない。今その巨体を飛ばしているのは、ほぼアリル自身の魔力によるものだ。


 アリルは必死で高度と姿勢を維持しようと努力するが、実力不足は明らかだった。

 とにかく、完全に制御不能に陥る前に着地を試みる。しかし、各関節も思うように動かない。右膝は妙に堅い。左の手首は、逆にプラプラと落ち着かない。右肩に至っては、全力で回そうとしても数センチも動かない。


 結局、エンヴレンは尻餅をつくような姿勢で胴体着陸。

 そこにすかさず、ゴブリンが接近し、攻撃を仕掛けてくる。


「起きろ!」


 アリルは慌てて機体に直立するよう命じるが、左右の手足の駆動バランスが不ぞろいのため、機体は左に大きく転がってしまう。しかし、とにかく回避には成功。

 ゴブリンは、突き出した右腕で空を切ったあと、滑らかに着地。すぐさまエンヴレンへと向き直る。


 アリルも改めて機体を起こしつつ、その姿を注視する。

 ゴブリン。全身、光沢の無い黒い甲殻に覆われた躰。人型と言えば人型だが、その前腕は長く、すばしっこい身のこなしからも、どちらかと言えば猿のような印象を受ける。


 二体の巨人はそうしてしばらく睨み合いを続けた。


「バッテリーも稼働テスト用で余裕がない。制限時間が厳しいのは、こっちも同じか」


 アリルは覚悟を決め、機体をゴブリンに向け、飛ばした。



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