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1.1.2:あたらしい日々


「ひぃえ~~」


 我ながらなんて情けない声が出るもんだ、とアリルはどこか他人事のように思った。


 とにかく、もう体が動かない。その場に倒れこむ。


「も、もう無理……! これ以上は、無理、れすぅ~……!」


 心臓がはち切れそうなほどにバクバク鳴っている。

 脇腹がえぐれるように痛い。

 視界がぼやけ、目が回る。

 喉がカラカラで、呂律も回らない。


「なんだよ情けないなー。まだ十キロも走ってないんだぞ。ウォーミングアップの序の口の入り口の始めの始めだぞー?」


 教育係のカノンが、地べたに突っ伏してぜーぜー言っているアリルの横に立ち、呆れるように言った。そんなカノンの声は、アリルと同じ距離を同じペースで並走していたにも関わらず、全く乱れず、汗一つかいてもいない。


「そっ、そんなっ、ことっ、いっ、たっ、てっ!」


 一つ声を発するたびに、生命力も一緒に零れ落ちていくような感覚がする。


「も、もう死んじゃう~~……」


「アホか。そんなんで一々死なれてたまるか。……もう一週間なんだからさー、もう少し体力ついてもいい気もするんだけどなー。まあいいや、一旦休憩にしよう。十分ね」


「じゅっ、十五分。お願いします!」


 哀れなアリルの懇願に、カノンはため息まじりで譲歩した。


「十二分」


「十三分!」


 必死に食い下がるアリルに、カノンはもう一つため息をつき、冷徹に言い放つ。


「駄目。九分」


「えぇっ! なんで減るんですか。じゃあ、十分で、いいです、からっ……!」


「九分。確定」


「……はい。分かりましたよう……」


 これ以上ヤブヘビにならない内に、アリルは大人しく引き下がることにした。





 休憩に入り、すぐさまアリルは体が求める限りの水分を補給し、息が整うまでの間、運動場の芝生の上で大の字になって過ごした。

 それから少しして落ち着いてきたものの、それでもまだ数分の時間は残っていたので、アリルは日陰を求めて移動することにした。





 気が付いたときには、アリルはエンジンの整備格納庫へと来ていた。


 今は作業は行われていないようで、人影はなく、照明も落とされている。

 それでも、大きな搬送用の扉が開いているので、そこから射し込む自然光のおかげで中は暗くはなかった。


 アリルは一歩、その中へと踏み込み、辺りを見渡した。


 円筒形の格納庫の内部は均等に七分割されており、その一つ一つが各スイートの専有スペースになっていた。


 アリルはその内の藍色のラインで囲われたスペースを探した。そこにはエンジンの姿はない。アリルの専用エンジン、エンヴレンは計画が遅れ、未だ完成していないのだから、当然と言えば当然だった。


 今この場にあるエンジンは、赤、橙、そして紫の三機だった。

 他には黄と緑も運用中ではあるが、現在は改修作業のため、この場にはないらしい。

 そして、残る一つ、青は適格者選考に難航し、運用開始には至っていない。


「こんなのに乗って、戦うのか、僕。本当に上手くやれのるかな」


 巨大な人型の機械。

 ミショニストの鎧、と喩えて呼ばれてはいるが、十メートル近いその巨大な乗り物を鎧と言い張るのは流石に無理があるんじゃないか、とアリルは率直に思う。


「……なせば、なる、か」


 アリルは自分に言い聞かせるようにそう呟いてから、休憩中だったことを思い出し、時計に目を向けた。





「ひゃあっ!」


 その瞬間、突然首筋に冷たいものが触れ、アリルは驚いてその場を飛びのいた。

 慌てて後ろを振り返る。


 そこには一人の少年の姿があった。少年はニヤニヤとした笑みを浮かべながら、手にした缶ジュースをアリルの方へ向けた。 


「だ、誰?」


 そう言ってから、その顔に見覚えがあることに、アリルは気付いた。

 直接会うのはこれが最初だが、顔写真は資料で見たことがある。


「ユウラ・オライム、さん?」


 少年は嬉しそうに笑うと、改めて缶をアリルに差し出した。


「そ。ユウラ・オライム。インディゴ・スイートのセコンド。はじめましてアリル。今後ともよろしく。これ、お近づきのしるし、ってことで」


「ど、どうも」


 アリルはとりあえずその缶ジュースを受け取りながらも、その少年の馴れ馴れしい態度に、正直あまり好感は抱けなかった。


 ……セコンド。ミショニストの出撃に随伴し、後方からエンジンおよびミショニストの状態を随時観測、調整し、技術的なアドバイスも行う。また、状況によってはその簡易的な修理や治療も含め、総合的な戦術支援を任務として負う。つまりは、ミショニストの相棒。


 それを考えるとアリルは、一気にげんなりした気分に陥った。こんなのと、ずっと一緒にやっていかなきゃいけないのか……。

 そんなアリルの失望を余所に、ユウラは楽しそうに話を続ける。


「それよりお前、こんなとこで何してんのさ。訓練中じゃないの?」


「今、休憩中。それよりユウラ君こそ、何してるの? エンヴレンがまだ届いてないからって、暇なわけじゃないでしょ」


 確か資料ではユウラの方が二歳年上のはずなので、彼のこうした態度もそれほどおかしいものではないのかもしれない。しかし、それでもアリルはどこか納得がいかず、あえて自分も敬語を使わずに馴れ馴れしい態度に出ることで抗議することにした。

 しかし、そんなアリルのあまりにも遠回りな抗議は、ユウラにはまったく届かない。


「何が暇なもんか。俺だって休憩中。今の内に頭の中に叩きこまなきゃいけないことだらけで爆発しそうさ」


 実際、セコンドに要求される知識の広さ、深さは、あまりにも広く、深い。

 関連する複数分野の高度国家資格を持つことが選考の前提になっているとも聞く。


 ユウラもこう見えて、この若さでそうした職を任されるということは、規格外の天才そのものに他ならないのだろう。

 そのことに思い至り、アリルは無意識に少しだけユウラに対する見方を修正した。


 そしてそれは、ミショニストにしてもそうだ。

 自分以外のミショニストは皆、けた外れの精鋭中の精鋭たち。


 改めて自分の場違いさに、不安が募り始める。





「おいこらアリル! もうとっくに十五分すぎてるぞ! 自分で申告した時間ぐらい守れー」


 突然背中の方からカノンの呼ぶ声が響き、アリルは慌てて振り返り、それに応えた。


「は、はい! 今すぐ戻ります!」


 それからアリルはユウラに別れを告げ、駆け出した。


「じゃあ、また」


「おう。頑張れよ」



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