【百合短編】お姉ちゃんは妹の恋を応援します!
<1>
「お茶とお菓子持ってきたからどうぞ~」
私、香野ももみは○×高校三年生。八月初旬のある日曜日、ショートケーキと紅茶入りティーカップを二つずつ載せたお盆を片手に妹であるこはるの部屋のドアを開けると、こはるとこはるの親友の紅井しずくちゃんがテーブルの上で手を重ね合わせて見つめ合っちゃったりしてるじゃない!
ちなみに、こはるもしずくちゃんもショートカットの似合う可愛い子。ちょっと姉馬鹿かな?
「お姉ちゃん!? 入るとき必ずノックしてって言ってるでしょ!!」
二人は手を引っ込めてしまい、こはるにすごい剣幕で怒鳴られちゃった。しずくちゃんもなんだか気まずそう。
「あら、ごめんなさいね。あ、これ駅前のケーキ屋さんの。こはるこれ大好きなの。お邪魔みたいだから、戻るねー」
そそくさと退散。でも、ドアに聞き耳を立てて盗み聞きしちゃう悪いお姉ちゃんなのでした。だって、さっきのすごく気になるんだもん。
「……行ったかな?」
これはこはるの声。
「多分。じゃあ、さっきの続きしようか。愛してる! あたしと付き合ってほしいの!」
こっちはしずくちゃん。
「うん、喜んで……!」
あらあら! これはこれは! そっかー。そう来ちゃったかー。こはるももう高校一年生、そういうお年頃よね。大丈夫だよ、こはる。お姉ちゃん、女同士の恋だってばっちり応援しちゃんだから!
<2>
「こはるー! 映画の前売り券手に入ったんだけど、しずくちゃんと見に行ったらどうかな?」
お財布からシュッと二枚の映画チケットを取り出す。
「映画? 何の吹き回し?」
「友だちから譲ってもらってねー」
とか言ったけど、可愛い妹のためにお小遣い千六百円はたきましたとも!
「行くなら、お姉ちゃんとがいいなあ……」
もーう、姉離れしなさいって! こはる結構シスコンのケがあるのよねー。
「お姉ちゃん、その日は用事があるの」
「そっか、それじゃしょうがないか……。でも、お姉ちゃん。これ確か女の子同士が恋愛するやつだよね?」
そうですとも、そうですとも! 座席もバッチリ隣同士、二人のムードは高まりまくりって寸法ですとも! お姉ちゃん策士なのよ、ふふふ。
「うーん、一応もらっとくね」
あれれ? 何か予想してた反応と違うなー。ま、いっか。
<3>
「こはる、そろそろ出かけなくていいの?」
例の映画の上映日のお昼。もうすぐバスに乗らなきゃ間に合わないのに、こはるったらリビングのソファに寝そべって呑気にスマホいじり。服も部屋着のままだし。
「え、何で?」
「何でって、こないだの映画……」
「あー、あれ? チケットなら、しずくにあげたよ」
あげた? いや、表現としては間違ってないけど、何かものすごい齟齬を感じる!
「念のために訊くんだけど、こはるも一緒に行くんだよね?」
「行かないよ?」
な、なんですってえええええええ!?
「ちょっと、お姉ちゃん事態が飲み込めないんだけど。何でしずくちゃん一人で行かせるの?」
「一人じゃないよ? しずくが好きな子と一緒に行くけど?」
え? え? ちょっと待って、私の中で何かが崩壊しかけてる!
「あの……しずくちゃんとこはるって、相思相愛よね?」
するとこはる、スマホを取り落してぽかーんとした顔でこっちを見るじゃない!
「はぁ!? 何がどうしてそうなるの!?」
「だって、こないだしずくちゃんが来たとき、二人で手を取り合って『愛してる! あたしと付き合ってほしいの!』『うん、喜んで!』って言ってたよね?」
「あれ聞いてたの!? 悪趣味! さっきも言ったけど、しずくには好きな子が別にいるの! あれは告白の予行演習を手伝ってあげただけ! 第一、わたしが好きなのはお姉ちゃんだもん!!」
そう一気にまくし立てて、最後の言葉ではっと手で口を塞ぐこはる。
「えーと……念のために訊くけど、姉妹愛的な意味で、だよね?」
「……恋愛的な意味で」
な、なんですってええええええ!? 思わず二度目の「なんですって」状態!
「ちょっと待ってこはる! お姉ちゃん、さすがにちょっと困るんだけど」
「だってしょうがないじゃん! お姉ちゃん大好きなんだもん!!」
やー、どうしましょう。前からシスコン気味だと思ってたけど、顔真っ赤じゃない。マジ恋とかどうしたらいいの?
「……少し考えさせて」
頭がくらくらしてきたので、暴走するこはるを手で制して自室に戻るのでした。
<4>
さあ、困った。こはるが好きなのはしずくちゃんだと思ってたら、まさか私だったなんて。
私とこはるは、義理の姉妹とかではなくて普通に血の繋がった姉妹だけれど、実の姉妹でそういうのってどうなんだろ。
脳内シミュレーションターイム!
見つめ合う私とこはる。ムードも最高潮。唇を近づけ合い、キス……。
やだ、心臓がドキドキする! 手で触るとほっぺたが熱い。これはあれ? 私もまんざらではないどころか、アリアリのアリってこと!?
そういえば、最近こはるに何だか妙な色気を感じる気がする。知らない間にこはるをそういう目で見てたのか……。
そもそも近親愛がいけないのは、ハンデを負った赤ちゃんが生まれやすいからだと何かで聞いたし、女同士なら気にする必要ないといえばないのかも。
お父さんとお母さん、泣きそう。でも、私もこはるのこと愛しちゃってるみたいだし仕方ないよね。第一、こはるのこと泣かせるほうが嫌だもん。
<5>
リビングに行くと、こはるがソファの上で大きな犬のクッションを抱えて顔をうずめ、体育座り状態。あれからずっとこうしてたのかな。
「こはる、さっきの話なんだけど」
声をかけるとがばっと顔を上げ、期待と不安が籠もった瞳で見つめてくる。
「告白OKするよ。これからは、恋愛的な意味で仲良くしていこう?」
「お姉ちゃん大好きいっ!」
すると、犬のようにソファから飛びついてくるじゃない! 思わずバランスを崩して転倒。
「あたた。危ないよ~。お父さんとお母さんには内緒ね? 特にお父さんとか、絶対寝込んじゃうから」
「うん、うん! あのさ、お姉ちゃん。今日用事あるっていうの嘘だったんでしょ?」
「ばれたか」
「ばれるよ。じゃあさ、これからデートしようよ! それこそ、あの映画見に行かない? 当日券になっちゃうけど」
すごくキラキラした瞳。何だか、こはるが今までとは違う意味で魅力的に映る。
「そうだね、そうしようか。夕方のなら間に合うかな」
「着替えてお化粧してくる!」
わお、すごい気合で自室に飛んでいった。私も身支度しないと。
二人とも準備が終わると、恋人繋ぎで家を出て駅へ向かう。
妹とのファーストキスってどんな感じなのかな。映画見終わったら誘ってみよっと。うふふ。
先のことはわからないけど、きっと幸せになれるよね!
<制作秘話>
いつものやつです。
毎度おなじみ○×高校百合シリーズですが、夏休みにつき学校描写ナシ。というか、話の展開上学校描写がいらないという。
今回のお話は、お姉ちゃんが妹の恋愛を応援すると見せかけて、姉妹百合の当事者になってしまうというひっかけシナリオ。意外な展開に「そうきたか!」となってもらえたら大成功です。このため、タグも「姉妹百合」とか「年の差」などをあえて付けていなかったりします。
では、おなじみのキャラ語りを。
・香野ももみ
前回の姉妹百合作品 (https://ncode.syosetu.com/n1438ge/)の登場キャラ名をさつま芋から取ったので、「今度はいちごとか、JKっぽくて可愛いんじゃない?」と、いちごにしてみました。名字は「かおり野」、名前は「ももみ」という品種からそれぞれ取っています。
キャラ的には特に事前に決めずにライブ感で書いたら、今回もたいそう変な子になってしまいました。まあ、前述作品の重症シスコンお姉ちゃんに比べたらかなりまともですが。
髪型はロングなんですが、描写を挟んでる暇がありませんでした。主人公の容姿描写は、一人称短編だとテンポや流れの自然さとトレードオフになるので扱いが難しいです。
ほかには最初大学生の設定だったんですが、「大学生が友人から小人用チケットをもらった」という嘘を問い詰めるやりとりがグダグダになりそうだったので、素直に高校生にしました。
・香野こはる
同じく名前は「こはる」という品種のいちごから。こはるはももみより後に生まれた品種なので、こちらを妹の名前にしています。
キャラ的には、実の姉にマジ恋してしまうシスコンなこと以外は割とおとなしいですね。何となく猫っぽいイメージで書いていたのに、最後の最後で犬っぽくなってしまったので、愛用のクッションも猫から犬に書き直しています。
・紅井しずく
こちらも「紅い雫」という品種のいちごから命名。ちなみに、この作品で一番悩んだのは各キャラのネーミングです (本当に)。
予定ではもっと目立つポジションだったはずなのに、完全にチョイ役になってしまいました。
彼女の「好きな子」は、もちろん女子です。ざっくりクラスメイトとだけ決めていますが、回収する予定は特にないです。