番外編 スウィジンの妹2
まさかこんなことになるなんて。
ボブ・マットンは、牢の中で混乱の極致にいた。
「わたし達、一体どうなるの、ボブ……。証言しろ、ってあなたが言うからしたけど……ボブのせいで……」
「うるさいっ! ぼくだけのせいにするなよっ! こうなった今、一蓮托生だっ!」
クリスティン・ファネルをボブは率先して糾弾してしまった。
フレッドが目障りで、絡んだ。そのとき、クリスティンに見つかり、投げ飛ばされたのだ。ボブはそれからずっとクリスティンを恨みに思っていた。
クリスティンに憧れていたから、フレッドを庇った彼女に余計憎しみが湧いた。
鬱屈したものを抱えていれば、クリスティンに関する情報を小耳に挟み、これは彼女に恥をかかせるのに使えるのでは、と思った。
あわよくば、彼女を破滅させられるだろう。
クリスティンは今、王太子の婚約者ではない。やるなら今だ。
それで夜会で、彼女を糾弾したのだが──。
(王太子殿下がベタ惚れという話は事実だった……)
とんでもない窮地に陥った。人生最大の危機である。
ボブが牢の壁に寄り掛かっていると、友人の一人が震えて言った。
「これからどうなるんだろう……いつ牢から出られるんだろう……学園はしばらく停学になるよな……。生徒会役員の、さっきの恐ろしい顔、忘れられない……」
ボブもだ。
彼らは悪魔の形相で衛兵に連行される六人を睨んでいた。
生徒会メンバーは皆、将来、王国の中枢を担う人間だ。
なぜ溺愛されているクリスティンを糾弾してしまったのだろう。無謀だった。後悔がどっと押し寄せた。
戦々恐々としていれば、不気味な足音が地下に響いた。
「やあ」
牢の前に、目映い生徒会メンバーが姿をみせた。
王太子アドレー、その右腕のラムゼイ、大貴族の令息スウィジン、魔術剣士リー……。
ボブは鉄格子に近づき、頭を下げた。
「申し訳ありませんでした! どうかしていたんです! お許しくださいっ!」
「あははっ」
するとスウィジンが、笑い声を立てた。突然のその異様な笑いに、牢の六人は息を詰める。
「許してくれって。何それ。随分身勝手な要求をするねえ? 君、愚かな上、厚顔だよねえ。なぜ許さないといけない? 今もまだ僕の妹に何をしたかわかってないの?」
スウィジン・ファネルは、生徒会メンバーの中でも一番の曲者だとボブは聞いたことがあった。恐怖で、汗がぽたぽた滴る。
アドレーは目を眇めた。
「世の中には謝って許されることと許されないことがあるんだ、愚かな」
リーが底冷えする目で言った。
「おまえらの身を切り刻んでやりてぇよ!」
「クリスティン様を傷つけるようなことをしてしまって……本当に反省しています……!」
取り敢えずこの場は、謝り倒すしかない。
事態は想像以上に深刻だ。
「怯えることはない。私も悪魔ではないから。極刑を与えたりはしないよ」
唇を弧の形にするアドレーに、六人はほっとしたが、彼が続けた言葉に凍り付いた。
「選べばいい。ここより過酷な条件の獄中で死ぬまで過ごすのと、手足を失って北国で骨を埋めるのと。どちらがいい?」
ひっ、と後ろで悲鳴が上がり、二人が気絶し、一人は口から泡を吹く。
残りの二人は足をがくがく震わせ、その場に崩れた。
ボブも気絶できるものなら、気絶したかった。
床に頭を擦りつける。
「アドレー様……どうか、どうかお許しください……!」
「許さないよ」
アドレーは微笑みながら即答した。
ボブは悟った。今日で自分たちの人生は終わったのだということを。




