15.当たりすぎている
「一体、どなたでしたの?」
何者なのだろう?
「わからない。忽然と消えてしまって」
「まあ……」
忽然と消えた……?
「それにその人物は、君には秘密があるとも言っていた」
(それも当たっているわ!)
ゲームの悪役令嬢に転生した、という秘密がある……!
……そのひと誰?
もしかして何かを知っているのだろうか。
不可解で、クリスティンが考え込めば、アドレーは首を傾げた。
「クリスティン。君には何か秘密があるの?」
クリスティンはぎくっとする。
「いいえ、秘密だなんて、そんなものあるわけございませんわ、おほほ!」
笑顔で誤魔化しておく。
誰にもゲームのことを話していない。
病院送りになるのは嫌だからだ。
それでなくても、家族に変人になったと思われている。話せるわけがない。
「その人物は、不審者かもしれないが」
確かに不気味だし、不審者だろう。
アドレーは安心させるように、クリスティンの手をぎゅっと包みこんだ。
「心配ないよ、クリスティン。学園内は安全だからね」
彼に手を握られていることも忘れ、クリスティンは深く物思いに耽る。
「私の白昼夢だよ、たぶん。廊下で突如消えたし」
……そうならいい。
その人物の言葉は全て当たりすぎている。
「すまない、怖がらせてしまったね。忘れて、クリスティン」
彼は苦く笑む。
「私がこんな白昼夢を見てしまったのは、君がつれないからだよ。距離があるように感じているからだと思う」
アドレーはクリスティンの肩に手をのせる。
「私達は婚約者だ。親しく過ごしたいと思うのはいけないことかな」
いけないとか、いけなくないとか、そういうことではないのである。
婚約は解消となる。
クリスティンは強く手を握られ、至近距離に彼がいることに、ようやく気付いた。
限界点にいたのに横に移動し、椅子から落ちそうになってしまう。
「クリスティン、危ない!」
アドレーが腕を伸ばして、クリスティンを抱き留めた。
それで椅子から落ちずに済んだが、アドレーに抱きしめられている形だ。
アドレーは着やせをする。しっかりした身体つきをしている。
「大丈夫?」
「……大丈夫ですわ」
すぐ傍にきらきらしい顔がある。
さすがメインヒーローを張っていたアドレーである。溢れんばかりのフェロモンである。
アドレーはクリスティンの瞳を見つめながら、問い掛けた。
「私は魅力がない?」
哀しげに眉を寄せるアドレーに、クリスティンは蒼白になりながら、首を横に振った。
「そんなことありませんわ。アドレー様は魅力的です」
彼は物語の王子様そのもの、正統派ヒーローである。
クリスティンも、これがゲームの世界で自分が彼に婚約破棄される悪役令嬢という立場だと知らなければ、彼に惹かれていたかもしれない。
メインヒーローのアドレーは、当然ゲームで人気だったし、実際に魅力があるし、十二歳まではクリスティンも憧れていた。
(前世の記憶がなければ、恋をしていたのかしら?)
わからないけれど、今は全てを知ってしまった。
彼が時に、容赦なく決断する人間だと知っている。ヒロインと出会えば、彼は彼女を選ぶ。
前世を思いだした今、仮定のことを考えてみても仕方ない。
クリスティンは震えながら口を開く。
「……アドレー様、そろそろ大広間に戻りましょう」
「ああ」
アドレーは椅子から立ち上がり、クリスティンの手を取った。
「クリスティン、これだけは覚えておいて」
「?」
彼はまっすぐな瞳でクリスティンに告げた。
「私は君を諦めたりしないからね。誰が現れても。私は君をずっと愛しているよ」
そのとき強い風が吹いたため、クリスティンは彼がなんと言ったのか全く聞こえなかった。
(……アドレー様?)
アドレーは女性が皆、蕩けてしまいそうなほど甘やかに微笑んだ。
「行こうか」
「……はい」
アドレーと庭園を歩き、大広間へと戻った。




