20.違和感
まるで、彼女を穢しているようだ。
このところ、何度もみている。
生い茂る木々の中、奪うように、彼女の唇に唇を重ねている。
熱情を、身を預けてくれているクリスティンにぶつけていた。
随分前から、メルは主君のクリスティンを想っている。
忠義心だけではない感情。
体調回復の治療で、彼女に触れ、口付けたことは、ある。
だが夢は、それとは違う。
濃厚なキスだ。
自己嫌悪に陥り、項垂れる。
今日嫉妬したから、独占欲によってみたのだろうか?
あの魔物──ヴァンという竜が、彼女にくっついているだけで苛ついた。
自分が彼女を抱きしめたいという欲望が溢れ、きっと、またこの夢を……。
子供だろうが、魔物だろうが、何だろうが、自分以外の存在が彼女に近づくのが、嫌だった。
抱いてはいけない想いをずっと、胸に秘めている。
(クリスティン様に失礼だ……)
メルは寝台から出て、水を飲む。
夢にしてはリアルである。
彼女のぬくもりや、唇の感触の甘さ、火照った愛らしい頬……。
身が甘く疼き、メルは思考を消そうと、かぶりを振る。
こんな感情を抱いて、傍にいる自分のほうが余程、あの魔物より性質が悪い。
いつかすべてを破壊してしまうのではないかと、恐怖にも似た不安を感じている。
※※※※※
「昼食をご一緒してもよろしいですか」
お昼休憩を告げるチャイムが鳴ったあと、オリヴァーにそう言われて、クリスティンは頷いた。
「はい」
いつもはメルと二人で校庭で過ごすのだが、今日は三人で、秘密の稽古場の傍で食事を摂った。
魔物が出るという噂があり、誰も立ち寄らず、静かなのである。
魔物といえば……ヴァンはどうしているだろう。
クリスティンは、ヴァンのことを思いつつ、香りのよいパンを口にする。
「君は、子供の頃のことは、全く覚えていないんだね?」
メルはハトコのオリヴァーに問われて顎を引く。
「孤児院に引き取られるまでのことは覚えていません」
メルには幼少時の記憶がない。
誘拐され、川で倒れているのを保護されたのだが、それまでの記憶がなかった。
オリヴァーは溜息を吐き出す。
「君と、君の弟ルーカス、オレの三人は仲が良かったんだ。子供の頃、皇宮の庭でよく遊んだ。記憶がなくて、残念だよ。君は一番年上で、子供ながらに落ち着いていて」
クリスティンはメルと出会う前の、幼少時の話を聞け、とても興味深かった。
だがメルは、余り関心を示さなかった。
無表情なのでよくわからないが、どこか不機嫌にみえる。
「ルーカスは、兄の君がみつかってとても喜んでいる。帝国に来てくれるのも」
メルは静かに言った。
「私は帝国に戻る気はありません」
(え?)
「昔のことを聞いても正直、仕方ないのです」
クリスティンは違和感を覚えた。
「メル、帝国に戻らないの?」
「はい」
彼はオリヴァーからクリスティンに視線を移す。
「私は公爵家の使用人として、クリスティン様の近侍として、あなたのお傍で生きると決めております」
クリスティンは記憶を辿る。
「……ええと。学園を卒業したら、あなたは帝国に行くんじゃなかったかしら?」
「いいえ。クリスティン様のお傍を離れることなどありえません」
……帝国に行くという話を、していたような……?
そんな気がするのだが、はっきりとしない。
クリスティンが考え込んでいると、ぴゅんぴゅん何かが飛んでいるのが視界の端に映った。
(何……?)
あ!
ちびっこ竜のヴァンだった。
あの子が見つかってしまったら、どうしよう。
ヴァンに思考が奪われ、浮かんでいた疑問が霧散した。
駆け寄りたいが、メルに気付かれたら、きっとヴァンをどこかに捨てに行かれる。
それに魔物のことをオリヴァーや、学園の人間に知られたら、騒ぎになってしまうだろう。
あんな派手に飛んで……!
ヴァンはこちらを見ながら、ぴゅんぴゅん飛行している。
遊んでいるようにみえる。
(魔物が出る場所というだけあって、本当に現れたわね……)
クリスティンがはらはらしていれば、メルが首を傾げた。
「クリスティン様? どうかなさいましたか?」




