19.謎の少年3
メルは、ヴァンが動かないように、手を掴んだ。
ヴァンは目を据わらせる。
「嫉妬深いなあ……。ますます、あの男を思い出す……ボク、やっぱり弟のほうを支持しようかなあ……」
ヴァンは何やらぼそっと言っている。
「それで契約というのは、どういうことだ」
「離してー離してー」
ヴァンがごねる。クリスティンはおろおろした。
「離してあげて、メル」
「離せば、この少年──ヴァンは、またクリスティン様にくっつきます。魔物だとおかしなことを言いますし、子供とはいえ、非常に危険です」
「危険じゃないもん! ボクいい子だもん。本当に魔物だよ、高位の!」
「そんなことを主張する君を、余計離すことはできない」
「痛いー痛いー。わぁぁん」
クリスティンはヴァンを掴んでいるメルの手を取った。
「とにかく離してあげて。泣いているわ」
「どうせ嘘泣きです」
ぷくりとヴァンの瞳に涙が浮かぶ。
「君を助けてあげたのに……ひどいもん……っ!」
「? 助けてあげた? 何を言っている? 君に助けられた覚えなどないが」
「ボクはね、陰ながら君を守ってあげたんだよ……。時に救世主を呼び、時にフードを被り暗躍し。ボク、竜なの」
「「竜?」」
クリスティンとメルは同時に声を出した。
メルは警戒心をもって、クリスティンに告げた。
「この子は虚言癖があります。やはりお傍に置かれるべきではありません。私が、この子の受け入れ先を探します」
彼はヴァンを部屋から連れ出そうとした。
「嘘じゃないもんっ、本当!」
いやいやと、ヴァンは身をよじる。
「君が竜だというのが本当だと?」
「そうだよ!」
ヴァンは手を振り切って、後ろに下がると、小さな白銀のドラゴンとなった。
二人は言葉を失う。
(!?)
ヴァンは目をくるりと回す。
「ボク、本来はもっと巨大なの。ギールッツ帝国には入れないけれど、それ以外はどこでも行けるんだ」
自慢げに言う。
(本当に竜!? 魔物!?)
メルが冷ややかに宣言した。
「この者を捨ててきます」
「え……!? メル、捨てるってどういうことかしら……?」
「絶対にクリスティン様の傍には置けません。私が捨ててきます」
ヴァンはぶわっと涙ぐんだ。
「……ボクを捨てるって言った!」
「可哀想だわ」
「人間の子供ではありません。危険な人外です。この者が生まれ育った場所まで、戻します」
ヴァンは涙目で、メルを睨む。
「ボクの生まれ育った場所は、ここから遠いよ!」
「そこに行くまでの間、私は休学する。君をここに置くことは絶対にできない」
メルは、クリスティンにくっつこうとするヴァンを、殺気立って捕らえようとする。
ヴァンは大きな泣き声を上げて、開いた窓から、ていっと飛んでいってしまった。
翼を広げて空を舞う。
クリスティンは唖然とその姿を見送り、我に返った。
「……どうしましょう、どこかへ行ってしまったわ」
「手間が省けました。良かったです。放っておきましょう。力が戻ったと言っていましたし、帰ったのでしょう」
「メル……」
彼は窓を閉める。
「もし、あの者が戻ってきたとしても。クリスティン様、決してお傍に置こうとなさってはなりません。あの者の言う通り、事実魔物だったのですから」
「でも悪い子ではなさそうだったわ」
「魔物は魔物です。近寄らせてはいけません」
メルは言い聞かせるようにクリスティンに言う。
クリスティンは溜息をついた。
どこへ行ってしまったのだろう……。
また姿を見せてくれるだろうか。
可愛らしかったし、できればまた会いたい。
だがメルから絶対に近づいても、近づかせても駄目だ、とお説教され、クリスティンは取り敢えず頷いておいた。
確かに、魔物を学園の寮に置くことは流石に難しい。
(生まれ育った場所に戻ったのかしらね……?)
※※※※※
夜。
メルはクリスティンを腕にかき抱き、刻みつけるように、彼女にキスをした。
──また。クリスティンに口づけている夢をみてしまった。
メルは気だるく、寝台から、半身を起こす。
なぜ、自分はこんな夢をみるのだろう。
(浅ましい……)




