14.記憶4
アドレーとの婚約がなくなった後は、彼女に想いを告げる機会を窺っていた。
夜会の日のことが思い出される。
アドレーとクリスティンの婚約話が再度持ち上がり、気分が塞いで、お祝いムードの大広間から出て、王宮の庭を一人歩いていたのだ。
すると、クリスティンが、ひとけのない場所にいた。
ルーカスはクリスティンに想いを伝えたのだが、彼女はメルと過ごしていたようだ。
クリスティンに触れようとすれば、メルに殴られた。
(……彼のアザを偶然見、ずっと捜していた兄だと、そこでわかった)
帝国にメルを連れて戻れば、両親は喜んだ。
自分も兄を見つけ出すことができて、使命を果たせ、満足だったし、兄と会えて嬉しかった。
メルはルーカスを含め、周りに迷惑をかけるのではと心配していたが、ルーカスも両親も長く彼を探し、求めてきたのだ。
皇太子という立場は己のものではないと、ルーカスはずっと思ってきた。
真の皇太子は兄である。
ルーカスは、メルとクリスティンを祝福している。
クリスティンは度量のある女性。皇妃としてこれ以上ない人物だ。
帝国にとってもクリスティンを得られるのは素晴らしいことだ。
──正直、彼女への想いは、未だにある。
が、相思相愛のクリスティンとメルの間に割って入る気などない。
メルと、アドレーとは違うのだから。
「ああいったひとが帝国にきてくれればいい、アドレー王太子が羨ましい、と手紙にもあったし、かなり彼女を気に入ってるんだろう」
「クリスティンは二年後、帝国に来てくれることになった」
「それは、メルの嫁として、だ。君の相手としてではない」
「オリヴァー、さっきからおまえは一体……」
むっとしてルーカスはオリヴァーを睨み上げた。
「だから結婚してしまってからでは遅い、ということだよ」
オリヴァーはルーカスの肩に手をのせる。
「君は、自分の気持ちを抑えるところがある。ルーカス、君をよく知るからこそ、オレはアドバイスしているのさ。今なら、誰が傷つくこともないだろ。略奪愛なんてことになったら、それこそコトじゃないか?」
ルーカスは苦笑し、オリヴァーの手を払う。
「今でも略奪愛だろう」
「今なら、ならない。たとえ愛情があっても、想いを交わし合っていることを忘れているんだから」
ハトコの感覚が、ルーカスには解せない。
「メルは、他人のアドレーとは違う」
「折角のチャンスだというのに、そんな顔をして」
オリヴァーはポンポンと、ルーカスの背を叩く。
「ま、いい。そろそろ出よう。皆、待っているだろ、ルーカス」
オリヴァーの何が冗談で、何が本気なのか、ルーカスには理解不能だった。
※※※※※
クリスティンは生徒会室を出て、メルとルーカスに寮まで送ってもらいながらふと思った。
「どうしてわたくし、今日は生徒会に出席したのかしら……?」
いつもは極力出たくないのに。
なぜか、今日は目的をもって、進んで出席したような。
すると、一緒に歩いていたルーカスが答えた。
「……オリヴァーを生徒会の皆に紹介した。君もクラスメートとして、一緒にやってきた」
「そうでした、わね……?」
メルとルーカスのハトコであるオリヴァーが留学してきたので、彼を生徒会の皆に紹介し……そして占いをしてもらうために、今日は出席したのである。
占いを楽しみにしていた。
それで自分は機嫌がよかった?
クリスティンはぽつりと呟く。
「何か……大切なことを忘れているような気がするのだけれど……」
「クリスティン様もですか。私もなのです」
メルがそう言った。




