8.着替え
室内に入り、彼はクリスティンを長椅子にそっと横たえる。
「クリスティン様、ご気分は……」
「すぐ、よくなるわ」
しかし今は、呼吸は荒く、汗が滲む。
メルがグラスに水を淹れてくれる。
それを飲み、喉を潤した。
「着替えて、寝台で休まれたほうがよろしいです」
発作はすぐに収まるものの、収まったあとも身体はだるい。
休んだほうがいいのはそうなのだが、寝台で横になろうにも、薬草園にいたので、泥がついている。
メルはクリスティンの前に跪いた。
「着替えを手伝います。私では抵抗があるようでしたら、メイドを呼びますが」
クリスティンはかぶりを振った。
「あなたがいいわ」
「──では、失礼します」
メルはクリスティンの手足を、水で濡らした布で優しく拭ってくれた。
「新しい服を。その前に私は目を覆います」
彼はそう言って、ハンカチを取り出した。
「隠す必要は……」
「あります」
発作を起こしてクリスティンの力が入らないため、彼は自身で素早くハンカチで目を覆う。
そして長椅子に座るクリスティンの前で彼は作業をし、服を慎重に取り払う。
ひんやりとした空気を肌に感じ、クリスティンは息を呑んだ。
「申し訳ありません、どこか痛かったですか……?」
「いいえ……」
羞恥と、先程の発作により、眩暈がした。
倒れかかってしまう。
「…………!」
「ごめんなさい……」
「いえ。私こそ申し訳ありません。あの、体重を後ろ側にかけていただいてもよろしいでしょうか……」
クリスティンは彼の言う通りにして、身を離した。
「では、着替えの続きをいたします」
「お願い」
目隠しをした彼を見つめる。
どこか不安そうなので、クリスティンはメルの後頭部に手を回し、その目隠しを取ろうとしたが、彼はそれを止めた。
「駄目です……」
「どうして?」
クリスティンは彼のしている目隠しを、もどかしく思った。
「……私はクリスティン様に大変なことをしてしまうかもしれません……」
「あなたになら、別に何をされてもいいのだけれど」
「いけません」
彼はそう言い、目隠しをしたまま、クリスティンに新しい服を丁寧に着せた。
考えれば、学園では無理だし、屋敷に戻ってきている今しか長く過ごせない。
発作も収まっている。
彼の頭の後ろに手を回し、ハンカチを取った。
濃紺色の綺麗な瞳が見え、クリスティンはほっとする。
だが彼は、クリスティンを視界に映して、赤みが差していた頬をさらに染め上げた。
そのとき部屋にノックの音が響いた。
二人ははっとした。
「クリスティン、僕だけど」
兄だ。
クリスティンはメルに言った。
「あなたは続き部屋に」
「はい」
スウィジンはメルにきつく当たる。ここにいるのを見られないほうがいい。
メルが続き部屋に入るのを見届けたあと、クリスティンは寝台に行って、スウィジンに返事をした。
「どうぞ、お兄様」
扉ががちゃりと開き、兄が姿をみせた。
「発作を起こしたと聞いたよ。大丈夫かい」
発作を起こし、メルがここに運んでくれたことは、屋敷の者は見ていただろう。
「……ええ。まだ調子が悪いので、お兄様、申し訳ないのですが……」
早く立ち去ってほしい。
スウィジンはじっとクリスティンを見下ろす。
「……そうだね、まだ良くないようだ、顔が赤い。けれど思ったよりは具合が悪くなさそうでよかったよ」
薬を飲んだし、体調は良くなってきている。
「メルがおまえをここまで運んだようだが、彼は?」
スウィジンは室内を見回す。
クリスティンは視線を逸らせた。
「……メルはわたくしをここまで運んでくれたあと、すぐに退室しましたわ……」
「ふうん」
スウィジンは訝しげにし、続き部屋にふっと目を留めた。そのままそちらに足を向けたので、クリスティンは仰天した。
「お兄様、続き部屋に御用が? そちらは散らかっているのですが」
メルに聞こえるように、大きめの声で言った。
彼が身を隠してくれればいいが……。




