番外編 二人の風邪4
眩暈を覚えながら服を着替えた。彼は目隠しをとる。
「ありがとう…………もう休んで」
互いに、顔が真っ赤になっている。
「……いえ、クリスティン様の熱が下がるまで、います」
クリスティンは気がかりに思った。
「でもまたあなたが風邪をひいたら」
「再度かかることはありません。ええと──クリスティン様」
クリスティンが寝台に横になりながら瞬くと、メルは眼差しを伏せて言った。
「……あの治療をすれば、クリスティン様の体調は快復されるのでは?」
「…………」
彼が言っているのは、唇を合わせ、心臓の上に掌を置いて解す治療のことだろう。
確かにあれをすれば快復するはずだ。
しかし。
「……あなたのエネルギーを吸い取っているかもしれないし……」
そんな危惧をクリスティンは抱いているのである。
「いいえ、吸い取られてなどおりません」
メルはきっぱりと否定する。
「クリスティン様が、私のせいで体調を崩されているのです。私にできることがあれば、何だって、すべて行いたいのです。クリスティン様がご不快でなければ」
「全く不快とかではなくて……」
視線が彷徨う。クリスティンはメルのことを想っているのである。だからこそ。
「……わたくし……なんだか恥ずかしいの……」
あの行為は、恋人同士の触れ合いのようなのだ。
「どうか治療させてください」
メルは冀うように言う。
クリスティンは長く沈黙し、言葉を発した。
「……じゃあ……ええと、少しだけしてもらえる……?」
ちょっとだけなら、彼の身もきっと大丈夫なはずだ。彼の気も済むだろう。
「はい」
寝台に横になるクリスティンの上に覆いかぶさるように、彼は身を寄せた。
メルの顔を、クリスティンはどきどきとしながら仰ぐ。
(綺麗……)
二人で熱烈に見つめ合っていたが、そっと瞼を閉じる。
柔らかく、唇が重なった。
触れられた彼の手も、その唇も熱い。
全身に、力が行き渡っていき、クリスティンは陶然とした。
彼はクリスティンの耳元で甘やかに囁く。
「……クリスティン様」
濡れた瞳でメルを見つめる。彼は、喉を鳴らして、尋ねた。
「…………体調は……?」
「……良くなっているのを感じるわ」
「よかったです……」
彼の整った顔が再度近づき、クリスティンは慌てて言った。
「もう、いいわ……」
「まだいけません」
彼の唇がゆっくりと唇に押し当てられる。この上なく優しい触れかただ。
胸が甘く疼き、恋しさでいっぱいになる。
焦れるくらい優しいキスを彼は続けた。
頭の中が、霞がかかり、意識は遠のきそうである。
ようやく口づけを解いた彼は、苦しそうだった。
クリスティンは心地よさのなか、焦燥に駆られる。
「……やっぱり、あなたの力を吸い取っている?」
「いえ、私は……」
「あなたにこれをしてもらうのは、これで最後にするわ」
彼は目を見開いた。
「……これで最後……?」
「ええ」
メルに迷惑はかけられない。
それに彼とこうしていると、クリスティンはどうにかなってしまいそうだった。
彼の双眸が光る。
「……最後なのでしたら……。あなたに、最大限、治療を」
「え……メル──」
彼は頬を傾け、クリスティンの言葉を奪った。
無理やりでも、強引でもない。でもどうしても抗えない。
とてつもなく甘美な心地よさだ。
クリスティンは彼の髪に手を滑り込ませた。
身を起こしたままだと、倒れていたに違いなかった。
彼の呼吸は不規則となる。眉間は寄せられ、目尻は色づいている。
壮絶に艶っぽい。
もっと彼とこうして過ごしていたいという、激しい気持ちがせり上がる。
──メルの看病と治療のお陰で、クリスティンはすぐに風邪が治った。
だが、どれだけ体調が悪くなっても、今後治療は絶対してもらわないと固く決心した。
彼は辛そうだし、クリスティンは心地よすぎて、何も考えられなくなる。
──それからすぐに、メルは男子寮に移動することになり、クリスティンは心細さと同時に、安堵を覚えたのだった。




