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闇の悪役令嬢は愛されすぎる  作者: 葵川 真衣
光の王太子殿下は不憫すぎる

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12.メルの祈り(後編)


「メル?」


 クリスティンは、メルに視線を当てる。

 はっとして、メルは想いの淵から戻った。


(己の感情を突き詰めるな)


 そう自身に言い聞かせる。

 彼女の傍にいられなくなってしまう。


「どうしたの?」


 メルは浅く息を吸い込んだ。

 

「……クリスティン様、湖では本当に大丈夫でしたか?」


 気にかかっていたことを言葉にする。 

 追剥ぎを倒したのは、クリスティンである。

 今の彼女であれば、どれだけ屈強な男でも敵いはしない。

 王宮で、ある程度の事情は聞いていた。


 彼女に怪我はなく、ほっとしたが、アドレーは彼女に守られ、何もしなかったのだ。メルは内心彼を嘲った。

 

「ええ、大丈夫」

「どうか危険なことはなさらないでくださいね」


 彼女はときに無茶をしてしまう。

 基礎体力のまったくない状態で、走り込みをして、倒れたこともある。目が離せないのである。

 

「危険じゃなかったわ。アドレー様と過ごすほうが、よほど怖かったし……」


 王太子と何かあったのだろうか?

 景色の美しい場所で二人きり。タラシの彼なら、さぞかし甘い雰囲気を作ったことだろう。

 

(強引に迫られたのだろうか……)


 彼は無理やり何かをする人間ではないと思うが、焦燥に駆られる。


「……追剥ぎに遭ったことは災難でしたが……アドレー様とお出かけになられ、共に過ごされて、楽しくはなかったのですか?」


 王子のなかの王子アドレーといれば、女性なら誰しもうっとりしそうなものだ。

 しかし彼女は眉間に縦皺を刻み、溜息交じりに言うのだった。


「アドレー様に婚約破棄されるのに、彼と過ごして、楽しいとは思えないわよ。彼といるのは恐怖なのよ……」


 本音なのだろう。深刻な顔つきである。

 クリスティンのいう未来を抜きにすれば、アドレーは誠実だ。

 彼は婚約破棄など、きっとしない。

 

 クリスティンが心を開き、彼の気持ちに気づきさえすれば。

 アドレーの愛情を知れば。

 いずれ彼女は彼を愛するようになるのでは?

 

(…………)


 やりきれない思いで、奥歯を噛みしめると、クリスティンは椅子から立ち上がった。

 

「メル? やっぱりなんだか変よ?」


 彼女は小首を傾げる。


「元気がないわ」


 自分の前に立つクリスティンを、メルは見つめた。

 紫水晶のような美しい瞳は、優しくこの自分へ向けられている。

 彼女を傍に感じ、心臓の鼓動が早まった。

 いいようのない感情が、溢れそうになる。


「わたくしが、心配をかけてしまったから?」


 メルはクリスティンをじっと見ながら、喉から掠れた声を発した。


「……追剥ぎについては、驚きました。クリスティン様なら、撃退も容易かったと思いますが……」


 彼と二人で過ごしたことに対しても、ひどく心配であった。


「危険なことも、心配かけることも、しないようにするわね」


 ついていくべきだった。王太子から来るなと言われても。

 彼女に何かあればと思うと、生きた心地がしない。

 自分がクリスティンを守りたい。この腕の中に囲い、離さず──。


(──やめるんだ……これ以上、考えるな……) 


 ──考えるな。駄目だ。


 ある一つの予感をふいに覚え、メルは慄いた。

 いつか──。

 自分は──。

 

 感情を堪えきれなくなるときが、くるのでは──?

 そうなったら……彼女の傍には、もういられない。



 公爵家の使用人として、クリスティンの近侍として。

 彼女とアドレーの結婚は喜ばしいことだと、以前は考えていた。

 ──今は……彼女の結婚を望むことなど、到底できない。無理だ。

 

(誰のものにもならないでほしい)


 ──こんな気持ちは消し去るしかない。

  

 

 メルは目を瞑って俯いた。

 

 王太子に愛され、結婚する彼女をそのときになったら、必ず祝う。

 彼女には幸せになってもらいたいから。

 クリスティンを愛しているアドレーなら、幸せにできるはずだ。

 胸が張り裂けそうに痛んでも。

 

 きっと自分は、彼女とアドレーが結婚するとき、微笑んで彼女を祝福できる。

 

「おめでとうございます、クリスティン様」と。

 

 

 すると、突然、口元にクッキーを置かれた。

 

「──?」


 瞬いて、目の前のクリスティンを見る。

 彼女は可憐な笑顔だ。

 

「甘いものを食べたら、あなたもきっと元気になるわ。わたくしも、元気になったもの。どうぞ」


 メルは苦笑した。


「ありがとうございます」


 彼女から差し出されたチョコクッキーを口にすると、甘く、そして僅かな苦味が広がった。

 彼女から渡されたものならば、たとえ猛毒でも喜んで摂る。

 

 

 ──王太子と結婚するその日まで。

 彼女の最も傍にいられるのは、この自分だ。

 

 できるだけ長く、大切な時間が続くように、祈っている。


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