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6.未来について語る


「わたくし、四年後に婚約破棄をされるの。だからどうせなら早く破棄していただきたいのよ」

「そんな……。アドレー様がそんなことをなさるはずがありません」

「いいえ、そうなるのよ。アドレー様には運命のお相手が現れるから。彼はそのかたに惹かれるわ」


 メルはかぶりを振る。


「あり得ません。クリスティン様以上に、アドレー様にふさわしいかたはいらっしゃいません。だからこそご婚約が決まったのです。アドレー様もそれをよくご存じのはずです」

「会いたくもない婚約者の元に、義務的に一ヵ月に一度はおみえになるわね。でも必ず、婚約破棄される日が来るの」

「万一、アドレー様を誑かすような存在が現れれば、旦那様も黙ってはいないでしょう。クリスティン様が思い悩むことはありません。いつものクリスティン様なら、そんな者には負けないと、戦うことをお選びになるのではありませんか? まだ何もはじまっていない今から、諦めるようなことはなさらないはずです。クリスティン様を脅かす存在が現れれば、運命の相手とやらとの仲を引き裂けばよいだけです。私も排除に動きますので、何もご心配なさらず」


「駄目、それ絶対駄目!」


 クリスティンは目をむいた。


「排除なんてしたら、わたくしもあなたも惨殺されるから!」

「証拠を残すような真似はいたしませんので、大丈夫です」


「大丈夫じゃないから!」


「私はクリスティン様の近侍です。ですがその前に、私はこの公爵家に仕えているのです。旦那様はクリスティン様とアドレー様のご結婚をお望みです。支障がでれば『影』が動きますので。アドレー様とご結婚なさらない未来はありません」

 

 クリスティンは冷や汗が滲んだ。


(そうだった……。メルがゲーム内で悪役令嬢に忠実だったのは、公爵家の忠誠心からくるものだったのよ。公爵家の野望の邪魔になるヒロイン排除のため、暗殺に動いた……)


 これは一筋縄ではいかない。

 クリスティンは長椅子に腰を下ろして、頭をかかえた。


「クリスティン様、頭痛がするのですか? お休みになられたほうが……」


 この頭痛を引き起こしている一因は、目の前にいるメルである。


「……到底信じられないことだろうと思うけれど、どうか聞いてもらえない?」

「伺います。何でしょう」

「わたくし、未来をみたの」

「未来?」

「そうよ」


 クリスティンは深く頷く。


「この間、紅茶を飲んでいるときに意識を失ったでしょう? そのとき、未来をみてしまったの。アドレー様は今から三年後、運命のお相手と出会うわ。それから約一年後、夜会でわたくしは激しく糾弾される。婚約は破棄、アドレー様はそのお相手との結婚をお選びになるのよ」

「そんなことが許されるわけがありません」

「許されるわ。だってそのお相手の少女って、伝説の『花』の魔力を持つのだから。『花冠の聖女』なのよ」


 メルは目を見開く。


「『花冠の聖女』……国を安寧に導くといわれる伝説の……」

「ええ。太刀打ちできないでしょう。戦っても意味はないわ」


 戦う気もないし。

 アドレーの心はヒロインに捕らわれる。

 彼に執着心はないので、さっさと婚約破棄してもらって、スッキリしたいのだ。

 けれど、ゲーム内の悪役令嬢はそうではなかった。


「もし戦おうものなら、返り討ちにあうの。わたくしもあなたも。このままでは悲惨な運命を辿ることになるのよ。だから今のうちにアドレー様に婚約解消をしていただけたらって」

「未来をみた、というのは本当のことなのですか……」

「ええ。本当に本当のこと」


 恐ろしい未来を思えば、ぶるぶる震えが走る。


「体力改善に努められているのも、それが関係しているのですか」

「そうよ、その通りよ。悲惨な運命を辿りたくはないから。王太子側の刺客に殺されてしまわないように、力を付けなくてはと思って」


 メルは瞠目した。


「アドレー様はそこまでするほど、その少女に夢中になられるのですか」

「だからこそ、あなたに護身術の教えを請うたの」

「……もし事実であるならば、護身術をお教えいたしますが……」


 メルは一旦黙す。


「ですが、クリスティン様がみられたのは、本当に未来なのでしょうか? 悪夢にうなされ、未来をみたのだと思い込まれているだけでは?」

「残念ながら、悪夢ではなく実際に起こる未来なのよ……」


 クリスティンの真剣な様子に、ただの妄想とは言い切れないとメルも感じたのか、その声は低いものとなる。


「……そうだとしましょう。ですが、クリスティン様のみた未来は、確定はしていないのでは。そうなる可能性がある、というものなのではないでしょうか。未来などひとの取る行動によって、変わるものです」


 様々なルートが用意されているけれど、そのほぼ全てで悪役令嬢は悲惨な末路を迎える。


「そうね。けれどそうなる可能性は限りなく高いのよ……。ならないほうが難しい……」


 青ざめ、クリスティンはこくっと喉を鳴らす。


「クリスティン様のおっしゃるとおり、アドレー様のお相手が『花冠の聖女』であるなら、そのかたとアドレー様のご結婚もあり得ないことではないとは思います。ですが『花冠の聖女』が現れたとなれば、国を揺るがす一大事です。今現在、そういったかたがいらっしゃるなど噂でも耳にしたことはありません」

「それはまだ覚醒していないからよ。知られていないの」

「では覚醒を阻止してしまえば? クリスティン様ひいては公爵家を脅かす存在ではなくなるのでは?」


 ヒロインは攻略対象と恋仲にならないノーマルエンドでも、バッドエンドであっても、『花冠の聖女』として覚醒する。

『花冠の聖女』は国にとって、至高の存在だ。『花冠の聖女』のいる時代は、彼女の祈りにより平和が続き、国が潤うといわれる。


「覚醒の阻止なんてできないわ。覚醒は可能性ではなく絶対のことだし、万一、阻止可能だとしても、わたくしとアドレー様が結ばれ、公爵家の野望が満たされることより、『花冠の聖女』の覚醒のほうが、国にとってはもちろん、公爵家にとっても益になる」

 

 メルは無言になった。何か考え込んでいるようである。少しして唇を開いた。


「『花冠の聖女』の覚醒は必ず起きるのですね」


 クリスティンは重く首肯する。


「必ずよ」

「では……クリスティン様がアドレー様に婚約破棄をされるのも、絶対的なのですか?」

 

 たぶん全部のルートで婚約破棄をされていた。

 クリアしたけれど、ところどころ記憶が曖昧だ。


「ほぼ、婚約破棄されるわ」

「ほぼ──ということは、絶対的ではないのですね。では、婚約破棄されないようにすればよろしいのでは」

「四年後、婚約破棄される可能性は非常に高いわ。それに悲惨な運命が待っている。今のうちに解消してもらったほうがいいのよ。正直わたくし、アドレー様が恐ろしくて、今はもう憧れてなどいないし、結婚したくはないの」

「旦那様も奥様も、決してそれをお認めにはなりません。クリスティン様もご存知の通り、王侯貴族の結婚は、互いの感情で決まるものではないでしょう」

「そうだけれど……」

 

 メルは懇々と言う。


「今日のように、クリスティン様が婚約破棄を迫るようなことをなされば、悪くすれば不敬とみられ、それこそ悲惨なことになるのでは?」


(確かに……咎められるかもしれないわね……)


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