34.発覚
花祭りの日から、クリスティンはソニアのことが、より気になるようになった。
夜会で、彼女を虐げていたと断罪されるのは避けたい。
なので、遠くから見ているのだが、彼女は本当に危なっかしいのだ。
移動教室では忘れ物を度々し、学園内で何度も迷い、備品を一度と言わず何度も壊している。
その度、クリスティンは秘かにフォローしていた。
忘れ物は届け、迷った彼女にさりげなく道を指し示し、彼女が壊した備品は見つからないうちに処分し、直せるものは直して、直せないものは新たなものをクリスティンが用立てた。
極力関わらないようにしているため、秘密裡に実行している。
「彼女は不器用過ぎます。その素行と、それをフォローなさるクリスティン様に、私は少々頭痛を覚えてまいりました。彼女は本当の本当に、花冠の聖女なのですか?」
メルは何度もクリスティンに問うた。
今のところ、ソニアは街でのような危険には遇っていない。
学園でのドジなら、クリスティンがフォローするので、問題はない。
『花冠の聖女』として覚醒するまでには、もう少ししっかりはしてほしいけれど。
暗殺回避のため、稽古を行いつつ、ソニアを心配しながら、日々は経過していった。
◇◇◇◇◇
悩みはあっても、それなりに平和な毎日であった。
が、ある日、メルが男性だとバレてしまった。
ゲームにはない展開である。
体育の時間は、いつも一人で彼は着替えていたのだが、覗こうとした不届きな男子生徒がいて、男性だと気付いた。それを皆に話したのだ。
学園側も、生徒会の皆もルーカス以外は知っていた事実だったが、他の多くの生徒達は全く知らなかったため、ひどく驚いていた。
メルは綺麗すぎ、女装に違和感がなかったからだ。
「クリスティン様……すみません」
「あなたは気を付けていたのだし、覗いた男子生徒のほうこそ問題があるわ」
メルは男子寮へ行くことになり、離れることになった。
ちなみに、覗いた男子生徒は処分を受けた。
◇◇◇◇◇
クリスティンは生徒会の集まりに、三回のうち一回は欠席している。
以前よりは出席しているほうである。
(今日は……少し体調が悪いし休みましょう)
クリスティンはメルに頼んで代理で出てもらった。
寮へ帰る前に、秘密の稽古場に向かう。
薬草園の様子を見にである。
すると途中で数人の女子の甲高い声が聞こえてきたのだ。
(──何?)
「平民風情が、なんでこの学園にきてるのよ」
「図々しい。はっきりいって目障りよ」
「さっさと学園辞めちゃえば?」
声のほうに向かうと、灌木の陰で女子数人がソニアを取り囲み、睨みつけていた。
「魔力が貴重な『光』かなんだか知らないけれど、授業でも全く使いこなせてないじゃない!」
「クリスティン様にも馴れ馴れしくして!」
自分の名がでて、クリスティンは冷や汗が滲んだ。
(……この場面……)
あの女子たちの中心に立って、ヒロインをいじめていたのが、悪役令嬢クリスティンだった。
(嘘でしょう、悪役令嬢不在でも、嫌がらせはあるわけ!?)
ナイフを手にした女子生徒がいる。
すでにソニアは制服を切りつけられており、リボンとスカートの一部が切れていた。
「己の身の程知らずを嘆くといいわ」
女子生徒はそう言って、自らの魔力を、ナイフの上に解放する。
ゲームではクリスティンが魔力を使うのだが、ここでは他のクラスの女子生徒が行っている。
刃物や魔力を使えば、ヘタをすれば大怪我を負う。
(ただの嫌がらせを超えているじゃない、ひどすぎる!)
ゲームのプレイ中もそう思ったものだ。
暗殺者対策で常に携帯している目元を覆う黒布の仮面を取りだし、クリスティンはそれを被って彼女たちの前に出た。制服だが、仕方ない。声音を変えれば大丈夫だろう。
「待て!」
彼女たちはこちらを振り返った。
「……誰?」
声も口調も違うので、皆クリスティンだとわからないようだ。
自分がしゃしゃり出れば、ややこしくなったり黒幕がクリスティンだと事実が捻じ曲げられてしまうかもしれない。
なので変装したのだ。
ナイフを手にしている女子生徒の前まで行き、その手首を掴み、ナイフを取り上げる。
「何するのよ!?」
クリスティンは、取り上げたナイフをくるくると回し、少女たちを睨み上げた。
「二度とこんなことをするんじゃない。さもないと──」
クリスティンはそのナイフに魔力を込め、一振りした。
魔術剣士リーからは、魔術を武器にこめ、攻撃する方法も学んでいる。
ナイフから魔力が輝き、それがひゅっと少女たちの間をすり抜け、閃光を放ち、後方の木がすぱりと斜めに切れた。
「ひっ!!」
彼女たちは青ざめて、震えた。
「わかった?」
女子生徒を一人一人見、確認すると、皆、顎を引いた。
「わ、わかりました」
少女たちは一目散にその場から逃げ出した。
クリスティンは吐息をつき、ソニアに向き直る。
ソニアは頬を染め、瞳を煌めかせて、クリスティンをじっと仰いでいた。
「その仮面……この間、街でわたしを助けてくださったかたですね?」
そう言って、彼女は胸の前できゅっと両手を組み合わせた。
「また救ってくださりありがとうございます! あなたはこの学園の生徒だったんですね……っ!」




