22.神秘的な留学生
時間の経過と共に、呼吸は少しずつラクになっていく。
周りを驚かせてしまうので、クリスティンは発作が起きれば人目のつかない場所に行って薬を飲むことにしている。
ルーカスに会うとは思ってもみなかった。
すぐに戻ってきた彼は、クリスティンに水の入ったコップを手渡してくれる。
「食堂に行ってもらってきた。水だ」
「ありがとうございます……」
クリスティンは礼を言ってそれを受け取り、冷たい水をこくこくと喉に流し込んだ。
「……ご迷惑を、おかけして申し訳ありませんでした。もう本当に、大丈夫ですので」
顔色がよくなってきたのを見て、彼もほっとしたようだ。だが、きゅっと眉を寄せる。
「君はこんなふうに、しょっちゅう発作を起こすのか?」
「しょっちゅうでは、ありませんわ。ひと月に一度くらいです」
「君は身体が弱いんだな」
「魔力を扱いかねての発作です。身体は、以前に比べれば強くなったのですが」
クリスティンはゆっくりと身を起こした。
「それでは、ルーカス様、失礼いたします」
「寮まで送ろう」
「いえ、一人で帰れますので」
しかし、発作を起こした直後に立ち上がったため、ふらりと身体が揺れた。
「! 危ない!」
ルーカスはクリスティンの腕を掴んだ。清涼な彼の香りが鼻孔を擽る。
「やはり送ろう」
「いえ、本当に結構です」
攻略対象とは可能な限り距離を置きたい。
「ルーカス様、今日は生徒会の集まりがあるのでは?」
「君もだろう? そういえば傍付きの者が代理で出席していたな。俺は出席後、ここにいた」
クリスティンは周りに視線を向け、この景色を、ゲームのスチルで見たのを思い出す。
ルーカスは、よく中庭で過ごしていた。
ヒロインが悪役令嬢にいびられ、泣いていたとき、読書していたルーカスと出会うのだ。
考えれば、悪役令嬢がいじめることで、ヒロインは各攻略対象と出会っていたかもしれない。
今、誰のどのルートに入っているのか、ヒロインをみていてもわからない。
ゲームでは、攻略対象とソニアはもう出会っていたころだと思うのだが……。
詳細な記憶は曖昧である。
悪役令嬢が関わる場面については、記憶を取り戻してすぐノートに記したが、そのほか全体的には簡単にしか記録していない。
(ちゃんと記しておけばよかった──)
「どうした?」
顔を覗き込まれ、クリスティンは、彼に直接尋ねることにした。
「ルーカス様」
「何?」
「この中庭で一年生の女子生徒と出会いました?」
ルーカスはぽかんとした顔をする。
「どういうこと?」
「ですから、一年生の女子生徒と知り合い、お話をされました?」
「君以外で?」
「わたくしは、ただ生徒会に入っただけです。出会いではありません」
「特にそういった一年生の女子生徒はいない」
まだソニアはルーカスとは出会っていないようである。
「わかりました。先程はありがとうございました。では」
クリスティンが立ち去ろうとすると、ルーカスは物憂げに問うた。
「クリスティン、君は、その人物を捜しているのか?」
「いいえ」
同じクラスで、よく知る人物である。捜すまでもない。
「捜しているわけではありません」
「そうか……」
「なぜ、捜していると思われるんですの?」
「──俺が、あるひとを捜しているからだ。なかなか見つけることはできないが……」
呟くような言葉に、クリスティンは小首を傾げる。
「誰かを捜してらっしゃるんですの?」
そんなエピソードは、ゲームにはなかったと思う。
クリスティンはルーカスの横顔を眺め、生徒会室で彼がそんな表情をしていたのを思いだし、ぽつっと唇にのせてしまった。
「なんだか……哀しそうですわね」
彼は驚いたようにこちらに視線を戻す。
クリスティンははっとした。
「申し訳ありません」
思ったことを口にしてしまうこの癖、直さないと。
しかしなぜ哀しそうだなんて思ったのだろう。
ゲームではそんな感じはしなかったが。
彼は神秘的な留学生として描かれていて、ゲーム途中で実は皇子とわかる。
隣国ギールッツ帝国と、このリューファス王国は、大昔ひとつの国で、言語も民族も同じである。見た目だけではどちらの国の人間か区別つかない。
(どのイベントでも、彼が哀しんでいるという描写はなかったように思うけれど)
悪役令嬢を筆頭に、ヒロインを苦しめるものからソニアを守り、支えてくれるキャラで、憂いからは程遠かった。
しかし実際に会うと、哀しそうな表情をふいにする。
(何か悩み事でもあるのかしら?)
そう感じ、クリスティンは声をかけた。
「悩みがもしあるのでしたら、あまり考えすぎず、良い方向にむかうことを信じて日々お過ごしになってください。そのほうが精神衛生上良いですし、きっと解決にむかうと思いますわ」
惨殺される可能性もあるクリスティンだが、平穏な未来を願い、心を強くもち、毎日暮らしている。
身体を鍛え、暗殺対策しているのだ。
彼はびっくりしたように僅かに目を見開いた。
「……ありがとう」
「いいえ」
彼はクリスティンに視線を注ぐ。
「君が飲んだ薬は……発作を抑えるのか?」
「ええ、そうですわ」
「俺も、自らの魔力を扱いかねている」
ルーカスが『風』の術者で『暗』寄りというのは知っていた。が、魔力を扱いかねているというのは初耳だった。
彼の悩みというのは、ひょっとしてそれだろうか?




