37.謎
「いえ……お気を遣わせてしまって、私こそ申し訳ありません……。クリスティン様が謝ることはないのです。ただ……」
彼は切なげに溜息をもらす。
「クリスティン様とアドレー様が手を繋いで夜を過ごすことを思えば……」
クリスティンはメルの手に両手で触れた。
「わたくしが、こうしてあなたに触れるのは、あなたが好きだから。アドレー様や他のひととは違う」
彼の顔が近づいてきて、クリスティンの唇に唇で触れた。
それから彼は、はっと身を引く。
「……すみません」
「……謝らないで」
クリスティンは彼の頬に掌を添えた。
「嬉しいから」
「クリスティン様……」
啄むようなキスを交わす。
滴るような甘やかな幸福を胸に覚える。
だが無常にも、馬車が屋敷に到着してしまった。
名残惜しく思いながら、馬車から降りた。
◇◇◇◇◇
襲撃者のことを耳にしたらしいアドレーが、公爵家に夕刻やってきた。
「クリスティン、昨晩のことを聞いたよ、大丈夫だったのか!?」
大丈夫だったから、アドレーのお見舞いに行けたのである……。
「ええ、アドレー様。病み上がりですのに、こちらにいらっしゃるとお身体に」
「私はもう治った、それより君だ! どうして昨日話してくれなかったんだ……!?」
「それは……」
クリスティンはアドレーの剣幕に少々圧される。
「アドレー様が快復した後で、お話ししたほうがよいと思ったからですわ」
「まさか、王宮で危険な目に遭うなど……」
アドレーは奥歯を噛みしめ、クリスティンの肩に両手を載せた。
「このままでは私は、心配で心配で仕方ないよ……! 君には私の傍で暮らしてもらいたい! いっとき、学園は休学してくれ」
「……え」
クリスティンは呆気に取られる。
きらきらしいアドレーは、まっすぐにこちらを見つめ、切々と訴える。
「私の傍で、王宮で暮らしてほしい」
クリスティンは彼の手を肩からそっと離させた。
メインヒーローの傍で暮らしたりなどしたら、破滅に近づくだけだ。
部屋の奥に控えているメルに誤解されるのも嫌だ。
「わたくし、昨晩王宮で不審者に遭遇しました。王宮も安全とはいえませんわ。どこにいても同じです、休学しませんわ」
「だが……」
「ご心配なさらないでください。昨晩も、メルが不審者を撃退してくれましたから」
アドレーは目を眇めてメルを見る。
「そうか」
彼は大きく息を吐き出し、クリスティンに視線を戻した。
「……襲撃以外に、何もなかったかい?」
「ありました」
「何があったんだ……!?」
「これも、後でお話ししようと思っていたのですわ。王宮の廊下で、異空間にまた閉じ込められたのです。以前より複雑な空間でした」
アドレーは蒼白になり、拳を握りしめた。
「……犯人を必ず見つけてみせる……!」
アドレーは決意表明をし、クリスティンの額に口づけた。
「アドレー様」
慌ててクリスティンはアドレーから離れた。
「そ、それでは何かおわかりになりましたら、お教えくださいますか? 病み上がりですし、あまりご無理はなさらないでくださいませ」
アドレーが帰ったあとも、メルの機嫌は悪く、クリスティンは困った。
襲ってきた者が何者なのか、その動機も気になるけれど、メルのことが好きなのに、アドレーと仮にとはいえ婚約している今の状況が、非常に辛かった。
◇◇◇◇◇
週明け、学園に戻れば、クリスティンは放課後、オリヴァーに声を掛けた。
「大事なお話があるのです」
クリスティンを悩ませる謎のひとつ。それが、このオリヴァーのとった行動だ。
「この間の提案の件についてですか?」
「いいえ、違います。けれど、それに関することですの」
メルが有無を言わさず彼に告げた。
「屋上に来てください」
オリヴァーは顎を引く。
三人で教室から出たところで、ルーカスと鉢合わせた。
「クリスティン。オリヴァーが、君におかしなことを言うのではと少し心配になって来たんだが……」
ルーカスは、三人を眺める。
「皆でどこかへ行くのか?」




