36.怒り
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(どうしてこうなったのだ……!?)
アドレーは具合が悪かったが、さらに悪化しそうだった。
なぜ、自分とクリスティンの間に、メルがいる?
なぜ……なぜだ。
クリスティンの顔もよく見えない。
彼女と二人で過ごすはずだったのに……。
アドレーは、メルの後ろに隠れてしまっているクリスティンの姿を、寝台から悲しく見た。
王太子たるもの、大広間で無様に倒れることがあってはならない。
それで今夜の舞踏会は欠席したのだ。
熱と、ひどい眩暈の症状があったのだが、これは良い機会でもある。
ファネル公爵に、欠席の連絡を入れ、クリスティンに見舞ってもらいたいと頼んだ。
誰にも邪魔されず、傍にいてもらいたいと。
公爵は、娘を必ず部屋に行かせると、約束をしてくれた。
アドレーは楽しみにしていた。
初めて夜にクリスティンが自室に来てくれる。
しかし、メルもやってきてしまった……。
婚約者二人の間に、今、長身の彼は彫像のように立ち塞がっている。
厄介以外の何物でもなかった。
ちょっとどいてはくれないか。
クリスティンと手を繋ぎたいのに……。
だがメルの言うことも一理あり、反論し難かった。
クリスティンにうつってしまったら、いけない……。
アドレーとしては、彼女と夜通し、二人で過ごしたかった。
打ち解け合い、心を通わせたかったのだ。
今現在、見えるのはメルの姿だけ。
アドレーは激しく目の奥が痛んだ。
(……今日はもう駄目だ……)
横になろう。
アドレーは寝台で、目元を手で覆い、瞼をおろした。
──婚約者として、クリスティンと夜過ごすアドレーの計画は、こうして台無しになった。
※※※※※
アドレーの体調は、翌日には快復したが、彼はひどく不機嫌だった。
王宮を出て、クリスティンはメルと馬車に揺られながら公爵家へと戻った。
メルは向かい側に座り、窓の外を眺めている。
「昨日襲撃してきたり、異空間に閉じ込めようとしたのは誰かしら。アドレー様ではないようだったわ」
「ええ。前と同一人物による犯行だとは思いますが、アドレー様ではないでしょう」
会うまではクリスティンはアドレーを疑っていたが、違うようだ。
「アドレー様の体調が完全に良くなったら、彼に話しておいたほうがいいわね。後、ラムゼイ様にも」
「そうですね」
「それとオリヴァー様に事情を聞かないと」
クリスティンとメルの記憶が消されていた。
オリヴァーによって消された可能性が高い。
メルは浮かない表情だ。
「……昨日はクリスティン様に付き添っていて、本当によかったです。色々と危険なことがありました……」
ぴりっとしていて、いつもと雰囲気が違う。
「メル?」
どうしたのだろう。
メルは、窓からクリスティンのほうに視線を移動した。
「クリスティン様」
彼は、低い声で尋ねる。
「もし私が一緒に行かなければ、クリスティン様はアドレー様と手を繋いで、朝まで二人で部屋にいるつもりだったのですよね?」
朝までいたかはわからない。
が、アドレーに手を繋いでほしいと言われていたし、傍についていただろう。
昨晩はアドレーが眠るまで、メルがクリスティンの前に立っていた。
アドレーの世話はすべてメルがしたので、自分はただ部屋にいただけで、何もしていなかった。
「あとは私が。クリスティン様は休んでください」とメルに言われ、クリスティンは長椅子で眠ったのである。
アドレー同様、今、メルは不機嫌だ。
寝不足なのだろうか。
「アドレー様は昨晩体調が悪くて、あれほど気弱な彼を見たのは初めてだったから」
「では、やはりそうするつもりだったと」
「あんな状態で放っておけないもの」
メルは頬を緊張させた。
「今、彼はクリスティン様の婚約者です。夜に婚約者二人きりで……」
「看病以外に意味はないわ」
メルは唇を閉ざし、窓に目線を向ける。
「あなたにずっと任せてしまって、ごめんね、メル」
「それは全く構いません」
「怒っているわよね?」
「………………」
クリスティンはメルの隣に移った。
「ごめんなさい」
彼はふっとこちらを振り向いた。




