35.盾
潤んだ瞳で見つめられ、クリスティンは困惑した。
「メルに話してきますわ。ずっと扉の前で待ってもらうのは、悪いですから」
「……わかった」
アドレーが手を離してくれ、クリスティンは歩いて、扉を開けた。
廊下に控えていたメルに事情を説明する。
「──では、今夜この部屋で過ごされると? 絶対駄目です」
メルはそう言い、室内に入った。
「失礼します、アドレー様」
アドレーの元までメルは歩み寄る。
クリスティンは扉を閉めて、メルの後に続いた。
「ご体調が優れないとのことですが」
「ああ、メル。それでクリスティンに傍についてもらおうと思ってね」
「ならば、この私がお傍につきます」
不審そうにするアドレーに、メルは淡々と告げる。
「クリスティン様はお身体が弱いので、心配です。ですから、クリスティン様の代わりに、私がアドレー様のお傍につきましょう」
アドレーはぎょっと目を開いた。
「いや、私はクリスティンに」
「クリスティン様の負担が大きくなります」
「メル、わたくしは大丈夫よ?」
「いけません」
メルはぴしゃっと言う。
引く気配はない。
アドレーは苦虫を噛み潰したような顔となった。
「……では……クリスティンに私の傍についてもらい、その彼女の世話を君がするというのは、どうだ? もしクリスティンに大きな負担をかけてしまうようなら、そのときは屋敷に戻ってもらおう」
メルは眉根を寄せる。
それでも承知できないようである。
「メル、わたくしは本当に大丈夫」
話の間にもアドレーは咳をしている。
額には汗が滲んでいるし、事実、体調が悪いのだ。
ここで長く押し問答をしていれば、アドレーの身体に障りそうである。
「どうぞ横になってくださいませ」
半身を起こしているアドレーにクリスティンは声を掛けた。
「ああ」
「喉は渇きませんか?」
「少し渇いている」
「お水を淹れますわ。お待ちくださいませ」
クリスティンはテーブルまで歩き、水差しからグラスに水を注ごうとした。
すると、メルが言った。
「私がいたします」
「君はそこに座って、クリスティン」
アドレーがクリスティンに、寝台の横を示す。
「じゃ、メル、お願い」
「はい」
クリスティンは寝台脇の椅子に掛けた。
「さっきのように手を握ってくれるかな」
アドレーが腕を伸ばす。
クリスティンがその手を取ろうとすると、メルがこちらに素早く戻ってきて、アドレーに水の入ったグラスを差し出した。
「アドレー様、水です」
「……ああ」
アドレーはメルからグラスを受け取る。
「クリスティンの姿が見えないのだが、メル」
「お飲みください」
メルはアドレーの言葉を無視し、アドレーとクリスティンの間に盾のように立っている。
アドレーは水を一気に喉に流し込み、空になったグラスをメルに渡す。
「飲んだぞ。どいてくれ」
メルはグラスを持って、微笑んだ。
「お二人の間に立っています」
「!?」
「アドレー様は体調を崩されておりますし、クリスティン様にうつってしまえばいけませんので」
「私は、クリスティンに傍にいてもらいたいんだ! 君についていてもらいたいわけではない!」
「クリスティン様は、お傍にいらっしゃいますよ。こちらに」
「君がそこに立っていたら、見えない!」
クリスティンは慌てた。
「アドレー様、どうぞ落ち着いてください。大声を出して興奮していたら治るものも治りませんわ」
「私は、クリスティンの姿を見て、手を繋ぎたいんだっ!」
「手なら、私が繋ぎましょう」
メルが手を差し出し、アドレーはかっと怒鳴った。
「だから私は君ではなく、クリスティンと──! げほげほっ!!」
激しく咳き込むアドレーに、クリスティンははらはらした。
「アドレー様、お願いです、横になって、お休みくださいませ……」
「…………!」
アドレーは青ざめながら、倒れるようにぐたりと寝台に身を沈めた。




