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闇の悪役令嬢は愛されすぎる  作者: 葵川 真衣
第二章

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35.盾


 潤んだ瞳で見つめられ、クリスティンは困惑した。


「メルに話してきますわ。ずっと扉の前で待ってもらうのは、悪いですから」

「……わかった」


 アドレーが手を離してくれ、クリスティンは歩いて、扉を開けた。

 廊下に控えていたメルに事情を説明する。


「──では、今夜この部屋で過ごされると? 絶対駄目です」


 メルはそう言い、室内に入った。


「失礼します、アドレー様」


 アドレーの元までメルは歩み寄る。

 

 クリスティンは扉を閉めて、メルの後に続いた。


「ご体調が優れないとのことですが」

「ああ、メル。それでクリスティンに傍についてもらおうと思ってね」

「ならば、この私がお傍につきます」


 不審そうにするアドレーに、メルは淡々と告げる。


「クリスティン様はお身体が弱いので、心配です。ですから、クリスティン様の代わりに、私がアドレー様のお傍につきましょう」


 アドレーはぎょっと目を開いた。


「いや、私はクリスティンに」

「クリスティン様の負担が大きくなります」

「メル、わたくしは大丈夫よ?」

「いけません」


 メルはぴしゃっと言う。

 引く気配はない。

 アドレーは苦虫を噛み潰したような顔となった。


「……では……クリスティンに私の傍についてもらい、その彼女の世話を君がするというのは、どうだ? もしクリスティンに大きな負担をかけてしまうようなら、そのときは屋敷に戻ってもらおう」


 メルは眉根を寄せる。

 それでも承知できないようである。


「メル、わたくしは本当に大丈夫」

 

 話の間にもアドレーは咳をしている。

 額には汗が滲んでいるし、事実、体調が悪いのだ。

 ここで長く押し問答をしていれば、アドレーの身体に障りそうである。


「どうぞ横になってくださいませ」


 半身を起こしているアドレーにクリスティンは声を掛けた。


「ああ」

「喉は渇きませんか?」

「少し渇いている」

「お水を淹れますわ。お待ちくださいませ」


 クリスティンはテーブルまで歩き、水差しからグラスに水を注ごうとした。

 すると、メルが言った。


「私がいたします」

「君はそこに座って、クリスティン」


 アドレーがクリスティンに、寝台の横を示す。


「じゃ、メル、お願い」

「はい」 


 クリスティンは寝台脇の椅子に掛けた。


「さっきのように手を握ってくれるかな」

 

 アドレーが腕を伸ばす。

 クリスティンがその手を取ろうとすると、メルがこちらに素早く戻ってきて、アドレーに水の入ったグラスを差し出した。


「アドレー様、水です」

「……ああ」


 アドレーはメルからグラスを受け取る。


「クリスティンの姿が見えないのだが、メル」

「お飲みください」


 メルはアドレーの言葉を無視し、アドレーとクリスティンの間に盾のように立っている。

 アドレーは水を一気に喉に流し込み、空になったグラスをメルに渡す。


「飲んだぞ。どいてくれ」


 メルはグラスを持って、微笑んだ。


「お二人の間に立っています」

「!?」

「アドレー様は体調を崩されておりますし、クリスティン様にうつってしまえばいけませんので」

「私は、クリスティンに傍にいてもらいたいんだ! 君についていてもらいたいわけではない!」

「クリスティン様は、お傍にいらっしゃいますよ。こちらに」

「君がそこに立っていたら、見えない!」


 クリスティンは慌てた。


「アドレー様、どうぞ落ち着いてください。大声を出して興奮していたら治るものも治りませんわ」

「私は、クリスティンの姿を見て、手を繋ぎたいんだっ!」

「手なら、私が繋ぎましょう」

 

 メルが手を差し出し、アドレーはかっと怒鳴った。


「だから私は君ではなく、クリスティンと──! げほげほっ!!」


 激しく咳き込むアドレーに、クリスティンははらはらした。


「アドレー様、お願いです、横になって、お休みくださいませ……」

「…………!」


 アドレーは青ざめながら、倒れるようにぐたりと寝台に身を沈めた。


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