32.王宮の夜3
「……人に酔ってしまって、庭園を散歩していました。今から、参りますわ」
「急いでな」
「はい」
「では私も、ご一緒に」
「いや、メル、おまえはいい。お見舞いはクリスティンだけで」
メルの眉間に影が差す。
「ですが旦那様、クリスティン様は先日、不審者に襲われたばかりでございます。王宮内といっても、安心できません。念の為、アドレー様のお部屋までクリスティン様をお送りいたします」
父は逡巡したのち、顎を引いた。
「……わかった。しかしおまえは部屋の前で待機をするか、長引きそうなら、戻ってきなさい」
長引く、という言葉にメルの表情が強張る。
「……はい」
それでクリスティンはメルと、大広間から出、アドレーの暮らす宮殿へ向かった。
アドレーの居所は大広間からは離れていて、馬車で移動しても良いくらい遠い。
まあ、歩くといい運動にはなる。
すると途中で、向こう側から歩いてくるスウィジンとリー、ラムゼイとばったり会った。
「殿下のお見舞いかい、クリスティン?」
「そうですわ、お兄様」
皆、足を止める。
「僕たちも、今お見舞いに行ってきたところなんだ」
「殿下が体調崩すって珍しいよな」
リーが言い、クリスティンは頷く。
「そうですわね」
ラムゼイはふうと溜息をもらした。
「熱はあるようだが、深刻な様子ではなかった。君も顔だけ出して、即帰ればいい、クリスティン」
「ん、それがいいね」
「長居は無用だぜ」
「私もそう思います」
スウィジン、リー、メルが口々に言う。
「アドレー様のお身体に障りますし、お会いしたら、すぐに帰りますわ」
ラムゼイは自身のこめかみに指をあてた。
「君が襲われた件だが」
クリスティンははっと身を乗りだす。
「何かわかりましたの?」
「いや、残念ながら、犯人は未だ不明だ」
クリスティンは落胆した。
「そうですの……」
ラムゼイは銀の髪をかきあげた。
「だが、学園内の人間だろう。部外者は学園に簡単には入れないからな。生徒、教職員など学園関係者の誰かだ」
メルが低い声で告げる。
「襲撃者は、今までみたことのない人物でした。学園の人間すべてを把握しているわけではありませんが……」
「メルが今まで会っていない学園内の人物ということか」
クリスティンはふと思った。
(けれど、ヴァンは自由に出入りしていたわ)
高位の魔物だから、可能だったのだろうか。
気になって、クリスティンは尋ねた。
「全くの部外者という可能性はありませんかしら」
「可能性としては低い。が、絶対あり得ないというわけではない。これからも調査を続ける」
「お願いいたしますわ」
ラムゼイからは、危険に対処する術を集中的に、あれから詳しく教わっていた。
「クリスティン、今後も気を付けるんだよ」
「ええ、お兄様」
「殿下にも気を付けてな」
リーの言葉に、皆賛同するように、頷いている。
そこで三人と別れ、クリスティンはメルと屋外に出、アドレーの元を目指した。
庭に延びる、アーチ型の天井の通路を歩いていれば、ふいに殺気を感じた。
(────!)
黒ずくめの者たちが四人、左手の茂みからこちらへと向かってくる。
「ここは私が。クリスティン様、行ってください」
「あなたを置いていけないわよ」
メルは駆け、ナイフを取り出す。
短剣を持った四人を、彼は容赦なく切り付ける。
並外れた俊敏さと攻撃力に、賊は四人でも敵わないと察し、逃亡を選択した。
メルは他に不審者がいないのを確認したあと、クリスティンに報告した。
「──一人は以前襲ってきた者と同じ、他三人は初めてみた人間です。四人とも訓練されている、その道のプロです」
メルの戦闘能力を即座に判断し、逃げることができたのだから、それなりの腕である。
「王宮にまで入り込めるなんて……」
なんと恐ろしい。
クリスティンはきゅっと唇を噛みしめる。
あの者たちが、アドレーの放ったものだとすれば……王宮にいた説明はつく。
クリスティンを殺す算段なのだろうか……?
息が詰まった。
実際のアドレーは、そういうことをしそうではないのだが……ゲーム内の彼であれば……充分過ぎるほどあり得るのだ──。