30.王宮の夜1
王宮の夜の庭に二人でいると、以前にもこうして、彼と一緒に過ごしたことがあるような不思議な感覚にとらわれた。
楽団の音楽がゆったりと届く、開けた場所でメルと踊る。
月明かりと王宮からの光のもと、彼と踊るのはとても楽しく、ドキドキと胸が高鳴った。
クリスティンはダンス後、彼と庭園を散歩したのだが……やはりどうしても気になる。
「ね、メル」
こちらを見る彼の瞳は艶やかに煌めいている。
「なんですか?」
クリスティンは辺りを見ながら呟いた。
「なんだか前に、あなたとこうして、ここを歩いたような気がするの」
「ええ。私も、そんな気がします……」
彼は頬を赤らめる。
動揺しているその様子をみていれば、クリスティンも徐々に頬が火照ってきた。
(いえ、歩いただけではなく……)
クリスティンは立ち止まり、メルを仰いだ。
彼も足を止める。
二人、互いに見つめ合った。
胸が甘く締め付けられる。
「……申し訳ありません。少し頭を冷やしてまいります」
「え?」
彼はそう言い残し、突如その場から立ち去った。
どうしたのだろう。
クリスティンは戸惑う。
(……いっそのこと)
メルに好きだと告げてしまいたい。
大好きだと。
けれど……そうすることによって、彼を困らせてしまったら?
メルは複雑な立場にある。
公爵家の使用人をしているが、彼は皇太子だ。
今、近侍として過ごしているのは、学園卒業後に今後の結論を出そうとしているからで、クリスティンの傍にいるのが嫌ではないからだとは思うが。
想いを告げてしまえば、彼をひどく困らせてしまうのでは?
(色々考えてしまうと、言えないわね……)
悩ましい息をついて歩いていれば、前方から、白銀の髪の青年がやってくるのがみえた。
「クリスティン」
純白の衣装を着た、二十歳くらいの美青年。
その綺麗な髪や瞳は、どこかでみたことがあるような気もするけれど……。
誰だろう?
向こうはクリスティンを知っているようだ。
返答に窮すと、その青年はクリスティンの前で足を止めた。
「ボクだよ」
彼は笑って続ける。
「ヴァンだよ。竜の」
「え、ヴァンなの!?」
「うん」
青年はにこにこと笑顔である。
クリスティンは呆気に取られ、その人物を上から下まで眺めた。
どうみても人間。大人の男性だ。
だが、確かに子供だったヴァンが成長したような姿……。
「……大人になっている……?」
「ボク、人間の大人の姿にもなれるんだ!」
変幻自在である。
さすが魔物だ。
「すごいのね」
えへんと彼は自慢げに胸を張った。
「うん! さっき、クリスティン、メルと踊ってたよね?」
「見ていたの?」
「メルはボクを邪険にするから、そっと陰で見ていたの。そうしたらボクも踊りたくなって大人の姿になったんだ」
ヴァンはクリスティンの手を取る。
「ボクとも踊って?」
「いいわよ」
話し方も眼差しも、ヴァンそのものだ。
彼だと確信したクリスティンは頷き、ヴァンとダンスをした。
くるくると回る。
ヴァンはとても楽しそうだったけれど、クリスティンは何度も勢いよく回って、眩暈がした。
「クリスティンと踊れた! 嬉しい!」
ようやく終え、クリスティンは胸を撫で下ろす。
はしゃいでいるヴァンに、クリスティンは微笑んだ。
(可愛いわ)
手を伸ばして、長身のヴァンの頭を撫でる。
柔らかな髪をなでなですれば、彼は頬を染めた。
「好き」
「ふふ。わたくしも好きよ、ヴァン」
(こんな弟が欲しかったわね……けれど、いるのはお腹が真っ黒な義兄だけ……)
「クリスティン、ボクと正式契約──」
そのとき、ひとが来る気配がして、ヴァンは顔色を変えた。
「メルだ!」
彼は悔しそうに唇を噛みしめる。
「ボク行く。またね!」
「え……? ヴァン」
彼は竜の姿に戻り、暗闇の中を飛んでいった。