29.非情な側面
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ルーカスは、オリヴァーを王宮の廊下の端に連れていった。
「オリヴァー、何をしていた」
「何って」
飄々としているオリヴァーをルーカスは睨む。
さっき近づいたとき、オリヴァーはクリスティンに、不穏なことを持ち掛けていた。
「だから重要な話さ」
「まさか、アドレーの……」
ルーカスは誰もいないのを確認し、声をおとして続ける。
「アドレーのクリスティンへの恋心を消そうと考えているのか?」
オリヴァーは悪びれず顎を引き、認める。
「ああ。それを彼女に提案した」
「おまえ……」
オリヴァーは肩を竦めた。
「だって、考えてもみろよ? 今、君にとってもメルにとっても、よくない状況じゃないか? クリスティン様とリューファス王国の王太子が、婚約をした」
それは確かに、由々しき事態ではあった。
想いを交わした記憶が消えているものの、クリスティンはメルと、将来の約束をしている。
何か支障があれば、すぐに記憶は戻すが、今は忘れていたほうが、二人にとっても周囲にバレずに生活できて良いかもしれないと、消したままになっていた。
「この間の消去とは種類が違う。クリスティンとメルは想いを交わしたことは忘れたが、気持ち自体はそのままだ。幾らなんでもひとの気持ちを操作したりは駄目だ、オリヴァー」
「王太子が、大きな障害になるかもしれないのに?」
「障害にはならない。『花冠の聖女』が戻れば解決する問題だから。『花冠の聖女』はクリスティンの幸せを願っているんだ、婚約はまた白紙に戻る」
「その前に、王太子に既成事実を作られてしまえば厄介だろ」
「アドレーはそういったことをしない」
オリヴァーは口の片側を引き上げる。
「王太子も独特なオーラをもっているんだよ。彼は一度執着した相手を、すんなり手離すタイプじゃないね。また婚約をしたことからも、わかるだろ?」
生徒会でも一緒、一年からクラスも同じで、アドレーのことはよく知っている。
真面目で、品行方正な人間だ。
愛する相手に無理に何かをするような男ではない。
「クリスティンを傷つけるようなことを、アドレーはしない」
オリヴァーは金の髪を揺らせて、小さく首を横に振る。
「君はまだまだ青いね。人なんてものは、いくらでも豹変する。あの王太子は、欲しいものがあれば、必ず手に入れようとする、そういう類いの人間だ。あきらかな犯罪だとわかっていても、必要とあらば実行するタイプだね」
夜会の日、クリスティンを糾弾してきた者たちにアドレーがとった態度を思えば、オリヴァーの言葉を否定できない。そのときのことは、ラムゼイらから聞いた。
アドレーには、確かに非情な側面がある。
が、それは相手に大きな非があった場合にみられる。
アドレーがクリスティンに冷酷な行動をとるなどあり得ない。
「おまえは、知り合って日が浅いから、アドレーのことをよくわかっていないんだ」
オリヴァーはやれやれとばかりに、苦い笑みを浮かべる。
「オレは魔術探偵なんだよ、ルーカス。術者のオーラをみることができるんだ。あの王太子のオーラは危険なものだと断言できる。ちなみに、彼の右腕もだ。クリスティン様の兄もな。本能的にそれを感じ取っているのか、クリスティン様は彼らと距離をとっている」
……事実、クリスティンは彼らを──というか生徒会役員全員を避けているフシはある。
「オレは、クリスティン様のためにも、王太子の彼女への気持ちを消そうかと話したんだ」
「駄目だ。気持ちを操るような真似は」
オリヴァーは、天井を仰ぐ。
「何か起きてからでは遅いんだぜ、ルーカス」
※※※※※
ルーカスとオリヴァーが立ち去り、バルコニーで、クリスティンが涼んでいるとメルがやってきた。
均整がとれた体型なので、盛服姿はどきっとするほど格好いい。
クリスティンは、手摺りから手を離す。
「メル、踊らない?」
ふと思い立って言えば、彼は、戸惑ったように瞬いた。
「ここは王宮です。街とは違いますので」
「じゃ、庭園に行って踊るのは?」
クリスティンは無性に、メルと踊りたくなった。
「駄目かしら?」
彼は苦笑した。
「わかりました」
それで、彼と外階段を使って下に降りた。