28.平行線
「男女交際は禁止では?」
「──え?」
クリスティンの言葉に、彼の動作が一時停止した。
その隙に、クリスティンは彼の腕からすり抜けた。
「アドレー様がおっしゃいました。他生徒の模範となるべき生徒会役員が、男女交際などしている場合ではないと。男女交際は禁止と」
アドレーは眉間を皺める。
「……そういえば、そういう校則を……」
彼はぶつぶつ独り言つ。
「私はどうしてそんな校則を……? 婚約が立ち消えそうで、自棄になっていたのか……?」
「わたくしたちは、交際しておらず、婚約も仮のものですけれど、とにかく親密に過ごすのは──」
「いや、仮ではないよ。男女交際禁止は、学園内のことだ」
「学園外でも、わたくしたち、学園の生徒です。婚約は仮ですし」
「仮ではない、正式な婚約者、だ」
アドレーはクリスティンの言葉に覆いかぶさるように言った。
「クリスティン、私は今度の舞踏会が楽しみだよ」
彼は輝く笑顔を浮かべる。
──どこまでも平行線だった──。
◇◇◇◇◇
舞踏会の日。
クリスティンは戦々恐々とその朝を迎えた。
アドレーにエスコートされ、今夜ずっと過ごすことになる……。
だが昼、連絡が入り、アドレーは体調を崩したらしく、舞踏会を欠席するとのことだった。
クリスティンは、身の強張りが解ける。
「帰る前に殿下のお見舞いに行くように」
父に言われ、素直に頷いた。
アドレーが体調を崩すなんて珍しいので、少し心配ではある。
夜、エスコートは兄にされ、舞踏会に出席した。
華やかな人々が集まっており、クリスタルの巨大なシャンデリアが下がる大広間は、黄金色に輝いていた。
クリスティンは様々な人と歓談し、疲れて柱の傍に移動した。
ワインで喉を潤していると、横から声を掛けられた。
「クリスティン様」
「オリヴァー様?」
メルとルーカスのハトコ、オリヴァーは品のある口元に笑みを湛えている。
「今、少しよろしいですか、クリスティン様。折り入ってお話があるのですが」
「ええ」
なんだろう。
クリスティンはオリヴァーに連れられ、大広間から張り出したバルコニーへと行った。
熱気のこもる空間から出ると、ひんやりした風が気持ち良かった。
オリヴァーはバルコニーの端で足を止めた。
「王太子殿下と、婚約することになったようですね」
クリスティンは重たい息をつく。
「……ええ。あくまで仮のですけれど」
アドレーは舞踏会を欠席しているが、婚約の話は周知された。
「クリスティン様の望まれたことですか?」
「いえ」
クリスティンは力なく首を左右に振る。
「この間、学園でああいったことがありましたので、アドレー様は心配され、婚約を。王太子である彼の婚約者なら、もう襲われることはないだろうと」
世間的には、襲撃者のことは知られていない。
クリスティンが物憂く唇を引き結べば、オリヴァーはふっと柔らかく微笑した。
「あの目映い王太子殿下との婚約を望まれないなんて、そんなひとはクリスティン様くらいでしょうね? よろしければ、お力になりますよ」
「え?」
オリヴァーは手摺りに手をついて、クリスティンに視線を流した。
「王太子殿下の、あなたへの気持ちを消すことができます」
するとそこにルーカスがやってきて、オリヴァーの肩に手を載せ、掴んだ。
「オリヴァー、何をしている」
「ルーカス?」
オリヴァーはクリスティンからルーカスに目線を移した。
「今、クリスティン様と重要な話をしていたんだ」
「重要な話?」
「そうさ」
ルーカスの双眸は険しさを増す。
「来い」
「だから今」
「来るんだ」
有無を言わさず連れ出そうとするルーカスに、オリヴァーは仕方ないといったような表情で眼鏡のブリッジを押し上げ、クリスティンに言った。
「申し訳ない。失礼します、クリスティン様」
二人を見送りながら、クリスティンは先程のオリヴァーの言葉を思い返す。
あれは、アドレーの婚約の意思を消すことができるということだろうか?
もしそんなことが可能なら、ぜひとも頼みたかった。