27.破滅への道
「わたくしの身を案じてくださる、そのお気持ちはありがたいですわ」
クリスティンは眉根を強く寄せる。
「ですけれど……アドレー様の婚約者ということで、逆に危険があるのでは? 王太子妃を望む令嬢や、愛娘をアドレー様に嫁がせたいと考える貴族は多いですもの」
「そういった者たちは、私たちの婚約が決まる前に、公爵が全て排除したから心配ないよ」
(お、お父様……)
クリスティンはこくりと喉を鳴らす。
権力者であり、娘に甘い父。邪魔な敵はすでに排除済みというのは、あり得る。
ではクリスティンを罠に嵌めようとした犯人は、そういった者ではないということか。
クリスティンはアドレーに訴えた。
「わざわざ婚約までする必要はありません」
彼は哀しげにクリスティンを見つめる。
「私は君のことを心配しているよ。だがそれだけではないんだ。私は、君との婚約が流れたなんて全く思っていなかったよ」
アドレーはクリスティンの手を取った。
「アドレー様……」
手を引き抜こうとするクリスティンを、彼はぎゅっと力を入れて止める。
彼のサファイア色の瞳は深く煌めき、強い意思の力を感じさせた。
条件反射で身に震えが走れば、彼は微笑んだ。
「ダンスのレッスンをしようか?」
「…………」
──婚約について、彼の考えを変えることはできなかった……。
悄然としつつクリスティンは彼に連れられ、広間に赴く。
壁に鏡が張り巡らされているそこで、ダンスのレッスンを受けた。
彼と踊る機会は多いので、呼吸はぴったり合う。
「なんだか、懐かしいね……」
アドレーはそう言って、愁いを帯びた笑みを浮かべる。
「君と王宮でこうして過ごすのは……。近頃レッスンは学園でしていたし。婚約者として過ごしていたのに、一旦それがなくなったりして」
アドレーはステップを踏み、クリスティンに突然問いかけた。
「君は他に、好きな相手がいたりしないよね?」
「……はい、いませんわ」
メルが好きだが、今それを言うべきではないと直感した。
状況が悪化しそうな気がする。
アドレーはすうっと目を細めた。
「なぜ私は、心配をしているのだろう……君との婚約が、宙に浮いてしまっていたからかな?」
ダンスを終えた後、彼はクリスティンの背に手を添え、自らに引き寄せるように力をこめた。
「……アドレー様?」
レッスンは終わったのに?
クリスティンが狼狽えてアドレーを仰げば、彼は至近距離で囁いた。
「結婚前で、発作を起こすこともあるからと抑えていたが、私はずっと後悔していたんだ。むしろ距離を縮め、もっと親密にすべきだったのでは、と」
「どういうことですの?」
彼はクリスティンの顎を指で摘まんだ。
「私たちは今、婚約者としてここにいる」
「今の婚約は一時的なものですわ」
「違う、ずっとだ。君と結婚をする。私は君を諦めたりしないよ」
ゲームを思い返しても、なぜ王太子がこれほど悪役令嬢に固執するのか、わからない。
ファネル公爵家は、王国でも一、二の大貴族。
彼はヒロインと結ばれないノーマルエンドを迎えたから、クリスティンと結婚することで、公爵家の力を得たいのだろうか?
(なるほど……そういうことなのだわ)
クリスティンは納得した。
「アドレー様、わたくしと結婚なさらずとも、ファネル公爵家は、アドレー様のお力になりますわ。なので──」
「クリスティン!」
間近で、怒ったように名を呼ばれて、クリスティンはびくっとした。
「は、はい?」
「そういうことではないよ……。私はただ、クリスティン、君と過ごしたいんだ、君と幸せになりたいんだよ……」
アドレーは切々と告げる。
彼は、幸せに飢えているのだろうか……。
彼は王太子という身分。
この国唯一の存在。
兄弟もおらず、きっと孤独なのだ。
幼い頃から知るクリスティンに、幸せを求める気持ちを吐露している。
アドレーはクリスティンの頬をゆるやかに指先で撫で、美しい顔を近づけた。クリスティンは慌てる。
彼の身分における孤独はとても同情する。
が、彼と結婚する気など全くない、それは破滅への道だ。