26.アドレーとの婚約2
「一体、ど、どういうことですの、お父様……!?」
「だから、殿下とおまえは、あらたに婚約することになったのだ」
「婚約は、白紙になったはずですっ!」
「殿下から、意思表示がなされていたんだ。クリスティン以外との結婚は考えられないと」
父は太い息を吐いた。
「学園で、おまえは不審者に襲われたそうじゃないか」
「そうですけれど、メルが守ってくれましたから無事でしたわ。アドレー様との婚約と、それとどういう関係が」
「殿下はおまえの身を案じ、再度婚約して、おまえを守るとおっしゃっている。王太子の婚約者に危害を加えようとする者はよもやいないだろうからと」
クリスティンはくらっと眩暈がした。
「そんなの結構ですわ!」
「もう決まったのだ」
「決まったって……。『花冠の聖女』ソニア様は、そんなことをお認めにはなりませんわ」
「だから、殿下の意思があっても、あらたに婚約することはできなかった。だが今、『花冠の聖女』は聖地だ。あと数ヵ月は王国に戻らない。それまでの間は、彼女の影響力はここまで及ばない」
「……!」
そんな!
アドレーと婚約などしたら、逆に危険なのに。
破滅は、王太子の婚約者という立場で起きたのだ。
(……運命を弄ぶ神の存在がいるの?)
いるのなら、殴り倒したいところだ。
危機を乗り越えたはずだったのに……!
このゲームの世界には、いたるところに、悪役令嬢専用落とし穴が置かれている……。
「来週の舞踏会は、殿下にエスコートしてもらい出席しなさい。そこで、婚約について周知される」
アドレーのダンスのレッスンは未だ、続いている。
レッスンだけならまだしも、彼と婚約……!?
クリスティンは色を失くし、父の部屋から出た。
亡霊のように庭を彷徨う。
破滅する……。
破滅待ったなし……。
(嫌よーーーー!!)
「クリスティン様、どうなさったのですか」
「メル」
クリスティンはこちらに歩いてくるメルの姿を見て、少しだけほっとする。
「何かあったのですか? 顔色が優れないようですが……」
クリスティンは足を止め、ふらつくのをやめた。
「実は……アドレー様と、また婚約することになってしまって……!」
彼は唖然と目を見開く。
「『花冠の聖女』により、ご婚約はなくなったのでは……?」
クリスティンは唇をきゅっと噛んだ。
「彼女が今、王国にいないでしょう。制止するひとがおらず婚約となってしまったの。アドレー様は、襲われたわたくしを心配し、婚約を父に話したみたい。王太子の婚約者なら狙われることもないだろうって。ソニア様が戻ってきたら、また立ち消えるはずだけれど」
「あのかたが戻るのは、まだ先ですよね」
「ええ……」
いっそ、手紙をしたためて、ソニアに頼み込もうか。
だが、彼女は聖女として任務に励んでいる。
今、ソニアに負担を掛けることはできない。
自分で何とかするしかなかった。
◇◇◇◇◇
午後、アドレーから連絡が届いて、ダンスのレッスンを受けることになり、クリスティンは王宮を訪れた。
二人きりということでメルは控え室で待機している。
テラスでアドレーと紅茶を飲みかわしながら、クリスティンは直談判することにした。
「……父から話を聞きましたわ。一体どういうことですの、アドレー様?」
クリスティンの表情は憂鬱で曇るが、彼はすこぶる上機嫌だった。
「どういうことって、何がだい?」
クリスティンは、カップをソーサーに置いた。
「わたくしたちの婚約は、流れたはずです」
アドレーは黄金色の髪を揺らせて、すぐさま否定する。
「一旦、宙に浮いていただけだ。王太子の婚約者だと、周囲にはっきり知らしめれば、今後君を襲おうなどと誰も考えはしないだろう?」
彼はぽつりと呟く。
「君を狙う男らへの牽制にもなるし」
「え?」
「──とにかく。これからも万全の注意を払う必要があるよ。来週の舞踏会では、君が今現在も私の婚約者であると、周囲に明らかにする」