23.非常事態1
強力な魔術により作り出される、外界から隔離された空間──。
「先程、扉に近づいてみたのですが、廊下は見えませんでした。教室の外は全くの無です」
扉が閉まった瞬間に、違う空間に?
よくわからない……。
それにしてもここは気温が低かった。
制服だけでは、かなり冷える。
クリスティンは立ち上がった。
「わたくしも見てみる」
「お気を付けください。平衡感覚がここではおかしくなるようです」
扉まで歩けば、それだけで眩暈がし、気持ち悪さを覚えた。
先程までは、メルの傍にいたからまだマシだったが、離れれば震えるほど寒い。
硝子の向こうを覗く。
何もなかった。確かに無だ。
扉は開かない。
「クリスティン様」
立ち眩みがしたクリスティンの背にメルが手を添え、椅子に座らせてくれた。
「さっきのように抱えてもらえる? ここ、とても寒いわ」
「はい」
二人は壁際に座り、メルはクリスティンを後ろから抱きかかえるようにしてくれた。
彼の体温を背に感じ、クリスティンはそのぬくもりに、ほっと落ち着いた。
けれど、とくとくと心臓の音が早くもなる。
「ソニア様はいないし、やはり罠だったのかもしれないわね。ごめんなさい、あなたまで、ここに」
「いえ、私はクリスティン様のいらっしゃるところには、どこへでも付き従います」
メルがおらず、自分一人だけなら、パニックを起こしていたかもしれない。
彼がいるだけで、不安が和らぎ、心強さを覚える。
巻き込んでしまって、申し訳ないが……。
扉は開かない。窓もない。
このままではここから出られないだろう。
「さっきの不審者が、手紙を送ってきて、閉じ込めたのかしら」
「その可能性は高いかと」
「一体、誰なの……」
手紙が罠で偽物なら、ヒロインは今、学園にいない。
クリスティンは考えてみるが、誰による犯行か見当がつかなかった。
「私が今まで会った誰でもないと思います。顔を黒布で覆っていたので、はっきりとはわかりませんが。訓練を受けている者の動きでした」
(わたくしを狙った刺客なの……?)
遂に悪役令嬢の悲惨な運命が動きだした……?
クリスティンは冷や汗が噴き出た。
これは続編の何らかの断罪イベントなのだろうか?
だが!
声を大にして言いたい。
ヒロインをいじめていない!
王太子を含め攻略対象とヒロインの邪魔などしていない!
というか、結ばれそうな雰囲気が、ない。ヒロインは、王太子だけではなく、他の攻略対象とも恋の気配がないのである。
どうなっているのか、わけがわからない。
ヒロインは、悪役令嬢クリスティンを慕い、独身主義を叫ぶ始末である。
変則的なノーマルエンド? と予想しているが。
とにかく、ここからまず出ないと。
「この場所どうしてこんなに寒いのかしら……?」
ぶるっとクリスティンが震えると、背後のメルが包み込むように抱きしめてくれた。
「大丈夫ですか?」
「ええ」
非常事態なのだが……。
しばらくこのままでいいかもしれない、とクリスティンは思った。
立っていると平衡感覚がおかしくなるが、座っているので気分は悪くならないし、それどころかメルの傍にいると、とても心地よく、包まれていて安心感がある。
背を向けているので、彼を見られないことがなんとも、もどかしい。
「メル、そちら側を向いてもいい?」
「はい」
クリスティンはもぞもぞと動き、体勢を変えた。
だが向き合って、抱きしめ合うというのは、とても恥ずかしいということに遅れて気づいた。
「「…………」」
互いの頬は熱がたまる。
「……失礼します」
彼は眼差しを伏せ、クリスティンをそっと抱きしめた。
クリスティンも彼の背に手を回す。
とてもあたたかい。
しかし寒さより、甘く音を立てる自分の胸の鼓動が気になりだす。
クリスティンは紛らわすように言った。
「……ここから、脱出しないとね」
「ええ」
このままずっとこうしているわけにはいかない。




