番外編 ルーカスの葛藤(前編)
「近侍のメルが好きだと、クリスティンが話していた」
ルーカスは窓辺で本を読んでいたが、ラムゼイへと視線を流す。
「え?」
読書に集中していて、ラムゼイが何と言ったか聞こえなかった。
──ルーカスは魔術学園の三年生になった。
今日は生徒会活動のある日だ。今、生徒会室にはルーカスとラムゼイの二人だけがいた。
他のメンバーはまだ来ていない。
窓から入る爽やかな風が、本の頁をぱらぱらと捲った。
ラムゼイは嘆息し、もう一度言う。
「クリスティンが、メルを好きだと話したのだ。君が春休み、帝国に行っていたときにな。生徒会役員は王宮に集まり、その際、彼女が言った」
「そうか」
なるほどな……。
ラムゼイの話を聞き、ルーカスは納得した。
(だから皆、様子がおかしかったのか)
近頃、生徒会メンバーがメルに冷たいような気がしていたが、理由はそれだったのだ。
彼らはクリスティンに夢中である。彼女は、誰も眼中にないが。
クリスティンが好きなのは、メルだけなのだ。
この春、ルーカスはメルと共に祖国に戻った。
ルーカスは本名をルーカス・ギールッツという。ギールッツ帝国の皇子だ。
身分を隠して魔術学園に留学していた。行方不明になっていた兄を探すために。
その兄がメルだったと、この間の夜会で判明した。
「驚いていないな。クリスティンの気持ちに気付いていたのか、ルーカス」
こちらを観察するように見るラムゼイから、ルーカスは視線を逸らした。
「最近知った」
メルが兄だとわかった日、想い合っていると聞いた。
「君はクリスティンのことが、気になっているんじゃないかとオレはみていたが」
(……鋭いな、ラムゼイ)
ルーカスは冷や汗が滲んだ。
夜会で、ルーカスはクリスティンに告白し、求婚までした。
彼女のことが好きだった。
クリスティンとメルが恋仲であることや、メルが兄だということを、まだ知らなかったからだ。
「そんなことはない」
ラムゼイに、ルーカスは否定する。
今は気持ちの整理がついている──ルーカスはそう思っている。
二年後、帝国に戻るかどうかメルは最終的な結論を出す。
クリスティンに説得を頼んだし、きっと兄は卒業後、帝国に戻ってきてくれるはず。
だがそれまでは、兄はこの学園で過ごすことになる。
生徒会メンバーの様子が今の状態ではいけないし、これ以上に悪化すると問題だ。
(なんとかしなければ)
「クリスティンのことをなんとも思っていないのか?」
「ああ」
求婚して断られたことを、話す必要はないだろう。
余計ややこしくなる。
「まあ、そう言うのなら、それでもいいが」
ラムゼイが呟き、丁度そのとき、アドレーが室内に入ってきた。
ルーカスはアドレーに声を掛けた。
「アドレー、少し話があるのだが……」
後光のようなものがみえるアドレーの前まで、本を置き、歩み寄る。
「話って何?」
「クリスティンのことだ」
アドレーは微かに眉を動かす。
「クリスティンがどうかしたのか?」
「君とクリスティンの婚約は流れたよな」
「流れていない」
(え?)
前提から覆された。
婚約は流れたはずである。ルーカスは面食らった。
「流れただろう」
ラムゼイが横から口を挟めば、アドレーは怒鳴った。
「流れていない!」
空気が張り詰める。
アドレーは感情的になっている。
(これは下手に刺激しないほうがいいな……)
ルーカスは唇を閉ざす。
もしアドレーが、クリスティンとメルが想い合っていることを知れば、危険な展開になる恐れがある……。
それでルーカスは遠回しに話をつけることにした。
「……クリスティンのことを諦めてはどうだろうか」
「なんだと?」
遠回しになっていなかったかもしれない、とルーカスは口にした後に思った。
アドレーの双眸が怒りに燃え、かつ不信感を帯びる。
「一体、それはどういう意味だ!?」
「それは……」
「ルーカス、さっき彼女をなんとも思っていないと言っていなかったか?」
ラムゼイが両腕を組んでルーカスに問うた。
「そうだが……」
メルの身分を明かし、メルとクリスティンが恋仲だとここで自分が告げることはできない。
兄は身分を秘しているのだから。




