番外編 ソニアの願い(後編)
紫色の瞳が星のように輝き、クリスティンはソニアに囁く。
「どうか、私のことが好きだと言ってくれ」
「好きです……っ!」
ソニアは感激で涙を零した。
クリスティンは瞬き、戸惑ったように唇を開き、声をいつもの高さに戻した。
「……ソニア様……。ここは『そんなこと、言えません』という台詞ではありませんでしたかしら……?」
(はっ!)
そうだった。
自分の気持ちをそのまま口にしてしまった。
「すみません、クリスティン様……」
「いえ。……では続きを……」
「お願いします!」
クリスティンは声のトーンを先程同様落として、切なげにソニアを見つめる。
「──君の本当の心をみせてほしい。私は君以外目に入らない……! 君が好きで好きで……」
クリスティンの眼差しはくるおしげだ。
(これは、実は演技ではないのでは? クリスティン様もわたしを想ってくれているのでは?)
そう感じてしまうくらい真に迫っている。
「わたしもクリスティン様以外、全然目に入りませんっ!」
また台詞とは違うことを言ってしまった……。
クリスティンが余りにも素敵すぎて、胸の鼓動が早まるのを止められないし、たとえ台詞でも断ることなんてできない。
ソニアは眉を寄せて訴えた。
「……クリスティン様、申し訳ありません。わたし、実は台詞をちゃんと覚えていなくって! わたしが間違えてしまっても、クリスティン様は、そのまま進めてください……!」
何度も読み返したシーンなので、全て頭に入っているのだが、台詞でも彼女を退ける言葉が出てこないのである。
「……わかりましたわ。では……」
クリスティンは役柄に入り、続けた。
「私をどうか受け入れてほしい、ソニア」
「受け入れますっ!」
本当は『……いけませんわ……。わたし達の家は、敵対しているのですわ』とヒロインは言う。
「……私を好きなことはわかっている。逃げないでくれ」
クリスティンはソニアを抱きしめた。
ソニアは感極まり、涙が溢れた。
クリスティンの美しい顔が間近にある。
「私を受け入れて」
「クリスティン様、受け入れます!」
本では『おやめください』であるが……。
「……君が本当の気持ちを言ってくれるまで離さない」
クリスティンはソニアを抱き締め、煌めくような瞳をソニアに注いだ。
「言ってしまったほうが楽になれる。好きだと言って。愛していると」
ひとつに結んだ髪がクリスティンの肩からさらりと零れる。
(ああ……素敵すぎる……っ! クリスティン様……!)
「好きです、大好きです。死ぬほど好きです、クリスティン様、愛しています……っ!」
「…………」
本ではヒロインはヒーローの腕から、逃げだすのだが、ソニアはがしっとクリスティンにしがみついた。ああ、いい匂いがする。
大好き、大好き、大好き! 幸せだ……。
しかしソニアは大事なあることに気付いた。
(あ、駄目だわっ! このままだと寝台に押し倒してもらえなくなる……っ!)
それは勿体ない!
ソニアは離れがたく思いつつ、いけないのですわ、と台詞を呟き、クリスティンから離れ、逃げるそぶりをした。
すると本にあるように、クリスティンはソニアを追いかけてきて、腕を掴み、部屋に置かれた寝台に押し倒した。
(きゃあ、きゃあ、きゃあーーっ!!)
ソニアは心の中で歓喜の声を上げた。
死んでもいい……っ。
「──ここまででしたわね」
クリスティンは身を起こし、そう言った。
本当はもっと先までしてほしかったのだけど、ここまでで妥協したのだ。
それでも夢のようなひとときを過ごせた。
頬を染め、呼吸を激しく乱すソニアを、クリスティンは心配そうに見る。
「……あの、ソニア様……、先程から涙を流されていますけれど……どうしましょう。元気になっていただきたかったのですが……」
「すごく元気になりました……っ! わたし、とっても嬉しくて」
クリスティンはほっとしたように微笑んだ。
「なら良かったですわ」
彼女は完璧に物語のヒーローを演じてくれた。
さすが、なんでもこなすひとである。
しばらく会えなくなるのは寂しいけれど、また戻ってきたら彼女に会える。
ソニアはこのときのことを宝物のように胸に抱え、クリスティンに今度会えるのを楽しみに、数日後、聖地へ向かったのだった。




