沖へ
翌日、屋敷を出た俺が、再び浜辺にやってきていた。
近海で活動をすることに慣れ、移動や戦闘も問題なくこなせるようになったので、今日は遠くに行ってみようと思う。
目標としては沈没船がある南の小島にたどり着いて、戻ってくるのが目標だ。
当然ながら近海と沖の方では生息している魚や魔物の種類がまったく異なる。
多少慣れたとはいえ、いきなりサルベージを実行するのは危険だ。
いつものように調査を使って隠密をし、現場までたどり着けるようになるといいな。
目標を再確認しながらしっかりと体操して身体をほぐしておく。
海で泳ぐのとちょっと違うが、全身を使うのに変わりはないからな。
こうやって朝から海を眺めながら身体を動かすって、なんだか健康的な生活だな。
入念に身体をほぐしているとスレンダーな女性が浜辺を沿うようにランニングしていた。
思わず目が合ってしまったので挨拶の言葉をかける。
「おはようございます」
「おはよう。何をしているの?」
「ちょっと身体をほぐしていました」
「へえ、不思議な動きね。真似してもいいかしら?」
「はい、どうぞ」
前世でやっていた体操が不思議な動きに見えたのか、女性は俺の動きを真似しだした。
適当な順番でやっていたが、誰かの模範となると規則的にやらないといけない気がするので無難なラジオ体操に切り替えた。
それがへんてこりんな動きに見えたのか女性は戸惑っているようだが、規則的な動きがあるとわかると楽しみながら真似をした。
浜辺で知らない女性と体操をする。不思議な体験だが悪くない。
清々しい朝の交流だ。
「変な動きだけど楽しかったし、身体が軽くなった気がするわ。ありがとう」
「いえいえ、それではお気をつけて」
ラジオ体操が一通り終わると、女性はニコッと笑ってランニングを再開しだした。
俺も身体が十分に温まったので、海守の腕輪に魔力を流して膜を纏わせる。
そして、そのままランニングをしながら海へと入水。
気分は海のランニング。
「ちょっとちょっと! 何してるのあなた! 自殺でもする気!?」
すると、先程の女性が勢いよく戻ってきて俺の腕を掴んだ。
ええ? 自殺?
鬼気迫る表情で言われて俺は冷静に考える。
確かに今の状況を考えると、どう見ても俺は入水自殺をするようにしか見えなかった。
「あ、いえ、これはそうじゃなくて……」
申し訳なく思いながらアイテムの効果について語ると、女性は大きくため息を吐いた。
……なんか、勘違いさせてしまってごめんなさい。
■
海守の腕輪を使った俺は、誰にも心配をかけないように今度こそ海に入る。
水の中に入っているというのに濡れず、冷たさを感じないというのはやはり不思議だな。
沈没船があるのは西側に見えていた小島の傍なので、今日は近海をうろうろとせずに真っ直ぐにそちらを目指す。
水魔法で足の裏に水流を巻き起こしてスーッと進んでいく。
今日もリンドブルムの海はとても綺麗でたくさんの魚で満ち溢れていた。
魔法で平行移動して進んでいると、隣に大きな魚が悠然と泳いでいた。
目と目が異様に離れており、頭にコブのようなものがついている。
【ゴウブ】
穏やかな気性で人懐っこい大型の魚。
身にはたっぷりと脂がのっており、塩焼きにして食べると美味しい。
ハンマーシャークのような魔物かと警戒したが、どうやらただの魚らしい。
人を襲うような魚ではないので恐れる必要もない。
近付いていってみるとゴウブはクリッとした瞳でこちらを一瞥し、向こうから体を擦り付けてきた。
本当に人懐っこいらしく人間である俺に物怖じした様子はない。
一般的な魚の見た目とはちょっと違うが、こうして見ると異様に離れた目が可愛らしく思えるな。
ゴウブのコブを軽く撫でてやるとツルッとした手触りがした。
なんだか綺麗な形のしている石を撫でているようで気持ちがいい。
自分よりデカい魚に寄り添われていると、守ってもらっているような感じがして安心感が半端ないな。この悠然とした泳ぎが見ているだけで落ち着く。
こうして魚と触れ合って泳ぐことなんてこの世界では中々できないことだろうな。
普段は変なアイテムを作っているイメージしかないが、サフィーもいい物を作ったものだ。
しばらく並んで泳いでいると銀色の体色をした小魚の群れがやってきた。
ゴウブはそれを見つけると並走をやめて、小魚を追いかけ始める。
小魚は天敵を見つけてすぐに離れるが、ゴウブも速く、大きく開けた口に何匹もの小魚が吸い込まれていった。
幻想的な景色をしているのでつい忘れがちだが、地上よりも海の方が生き物の争いは活発なんだよな。
俺も食べられる側に回らないように、しっかりと身を隠して進まないとな。
ゴウブは魚を追いかけてどこかに行ってしまったので、俺は海底付近で身を隠しながら進むことにした。
海岸からは既に離れており、後ろを振り返っても陸は見えない。
深さも何十メートルもあるからか、水面もどの辺りにあるかも曖昧だった。
「調査」
周囲を警戒するためにスキルを発動すると、岩陰にたくさんの魔物のシルエットが浮かんだ。
表面に平べったい魚が三匹、岩陰に一匹のタコみたいな生き物がいる。
【岩ダコ】
岩陰や穴の中といった暗くて狭い場所に好んで生息する軟体生物。危険が迫ると墨を吐き出して逃げる。
墨袋が良質なインク素材となり、高値で取引されている。
【ヘラボ】
岩の色に合わせて体の色を変えることのできる平べったい魚。
身は少ないが煮込むといい出汁が出る。
おお、どうやらこの世界の海にもタコが存在するようだ。
危険はないようなので覗き込んでみると、ムスッとした目をした茶色いタコがいた。
岩陰の中で怪しく光る黄色の瞳がなんとも不気味だ。
墨袋が良質なインクとして取引されるらしいので、是非とも確保してみたい。
とはいえ、このまま無造作に手を突っ込むのは怖いな。触手でグルグルにされて、吸盤が離れなくなりそ
うだ。
よし、こういう時は棒を突っ込んでみよう。そうすれば、棒に絡みついてきて引っ張り出せるかもしれな
い。
マジックバッグからちょうどいい長さの棒を取り出して、岩ダコのところに棒を突っ込んでみる。
すると、すぐに触手が絡んできてグイグイと棒が引っ張られた。
すごい力だ。何も考えずに腕を突っ込んでいたら絶対に痛めていただろうな。
グイグイと引っ張られる力を感じながら、両手で棒をこちらに引っ張る。
ズルズルと引っ張ると、相手がより多くの触手を巻きつけて抵抗してくる。が、力はこちらの方が上だっ
たようで、岩陰に潜んでいた岩ダコが棒に絡みついたまま引っ張り出された。
「うわわわ! フリーズ!」
岩ダコが触手を蠢かせながら棒を伝ってきたので、氷魔法で凍らせた。
棒に絡みつくタコの彫像の出来上がりだ。
凍った岩ダコは死亡判定となり、マジックバッグに収納した。
「これならへラボもいけそうだな」
さすがに魚は無理かと思ったが、この方法を使えばいけそうだ。
へラボが張り付いている岩に手を当てて氷魔法を発動。
すると、あっという間に氷が浸透して、岩に擬態しているヘラボまで凍り付いた。
岩からへラボを引き剥がしてマジックバッグに収納。
これも屋敷の料理人に渡して調理してもらおう。昨日のグラスガイやハリボウはとても美味しかったからな。へラボも美味しくしてくれるに違いない。
でも、この方法だと岩陰に隠れている一部の魚くらいしか捕まえることができなさそうだ。
次に潜る時は銛や網を用意して、泳いでいる魚も狙ってみたいな。




