リンドブルム到着
「ここがリンドブルムかー!」
グランテルから馬車で一週間の旅路の果てに、俺とクラウスは港町リンドブルムにたどり着いた。
俺たちが馬車から降り立ったのは町の高台。
そこから青い空と海が広がっており、リンドブルムの街並みを見下ろすことができる。
この世界にやってきて、はじめての海だ。
俺は美しい景色に吸い寄せられるように欄干ギリギリまで近寄る。
どこまでも広がっている海はとても綺麗で前世の南国のようでもある。
視界の右の方では砂浜があり、長閑に散歩している人や、追いかけっこをしている子供の姿が見える。
そこから視線を左に移動させていくと港になり、いくつもの船が停泊していた。
きっと海が目の前にあるので漁が盛んなのだろうな。
そして、俺の中央から真下にはたくさんの民家が広がっている。
「グランテルの建物と違って民家が白塗りだ……」
「潮風で風化しないように貝を砕いたものを塗料としているからだ」
不思議に思っていると、クラウスが傍にやってきて教えてくれる。
なるほど、確かに海がすぐ傍なので潮風が吹いている。こうして高台にいる俺たちのところにも届くほどだ。
その土地や気候に合わせた家づくりをしているというわけなんだな。
「ああっ、なんかいい匂いがしますね」
潮風に乗ってだろうか。どこかでやっている屋台の香ばしい匂いがしてきた。
磯の香りがするので絶対に魚介料理だ。
「クラウスさん、ちょっと町に降りてご飯でも食べませんか?」
「食事ならここに着く前に馬車で少し食べただろう?」
「それはそうですけど、リンドブルムの海鮮料理を食べたいじゃないですか!」
確かにリンドブルムに着く前に朝食を済ましてしまったが、海鮮料理が食べられるとなると食べたいに決まっている。何しろ、こちらとしては久しぶりなのだ。
「勘弁してくれ。この荷物を持ちながら人混みの中を歩きたくない」
「俺が収納します」
荷物が重くて嫌なのであれば、俺のマジックバッグに収納してしまえばいい。そうすれば手ぶらだ。
俺の圧力に負けてか、クラウスが諦めるようにため息を吐いた。
「……少しだけだぞ。私としては家に戻って一休みしたいんだからな」
「ありがとうございます! じゃあ、案内お願いします」
クラウスはトランクを俺に押し付けるように渡すと、慣れた様子で高台の階段を降りて行く。
俺はこっそりとトランクと背嚢をマジックバッグに収納して、慌ててその後ろを付いていった。
◆
「うわぁ、結構道が狭くて人が多いんですね」
「ああ、この町は船乗りも冒険者も血気盛んな者が多い。ぶつかった程度で喧嘩になることもあり得る。グランテル以上に気をつけろ」
クラウスの言う通り、通りには日に焼けた浅黒い肌をした屈強な男性が多い。
グランテルにも屈強な冒険者は多くいるが、リンドブルムの方が割合が大きい。
浅黒い肌って、見ているだけで力強そうに見えるな。
筋トレにハマっている人が、肌を焼く気持ちが少しわかる気がした。
一般男性の身長と体格でしかない俺は、ぶつかって跳ね飛ばされないように気をつけないと。
「にしても、結構道を曲がりましたね。俺、元の高台に戻れる自信がないです」
「今回は人通りの少ない道を使うために迂回しているからな。本来なら、もっと簡単な道順だ」
なるほど、地元民であるクラウスだからこそわかるルートか。
一人だとこういう場所を見つけるには時間がかかってしまうので、かなり助かる。
「ああ、忠告しておくが西の方では裏道を使わない方がいい。素行の悪い者がいるからな」
「わかりました。気を付けます」
最初はさっさと家に行きたいと嘆いていたクラウスであるが、案内するとなると親切に教えてくれるんだよな。
言葉はぶっきらぼうながらも、優しいクラウスが微笑ましい。
「着いたぞ。リンドブルムの屋台通りだ」
リンドブルムの中層から少し下の辺りにやってくると、通りにたくさんの屋台が並んでいた。
おお、食材が海鮮系なために磯の香りがたくさんだ。
思わず屋台を物色してみると、網の上にたくさん並べられた貝類、見事に焼き上げられた大きなエビ、見慣れぬ魚のステーキなどなど、港町に相応しいラインナップであった。
食べたいものがたくさんあって絞り切れない。今すぐにどれも食べたい気分だった。
「クラウスさん、オススメはありますか?」
「ホタテのガーリック焼き、ビッグロブスターの塩焼きだな。後は地味だが魚のすり身焼きも美味い。案内してやろう」
「お願いします!」
自分のオススメに自信があるのだろう。クラウスはすぐに移動を開始した。
迷った時は地元民のオススメに従うのが一番だ。
どの辺りに一押しの屋台があるか覚えているのだろう。クラウスに付いていって、ホタテのガーリック焼き、ビッグロブスターの塩焼き、魚のすり身焼きを買っていく。
そして、人混みから少し離れたベンチに腰を下ろして食べることにした。
「じゃあ、まずはホタテのガーリック焼きから!」
串に打たれたホタテの上にはたくさんの白ネギとガーリックソースがかけられている。
ガーリックの香ばしい匂いを嗅いだだけで、絶対に美味しいと予感していた。
俺は大きなホタテを丸ごとぱっくりといってやる。
口の中にホタテの味が広がった。噛めば噛むほどホタテが濃厚なエキスを吐き出してくる。
それらがシャキッとした白ネギと、ガーリックに絡み合っていいアクセントだ。
「美味いっ!」
非常に食べやすくて何個でも食べられそうだ。
ああっ、久しぶりに貝なんて食べた。グランテルにも貝や魚はあるけど、主に川魚だしな。
稀に氷魔法で冷凍された魚や貝もあるが、どうしても高値になってしまうし、味も少し落ちてしまう。
やはり、鮮度が損なわれていない獲れたての食材は違うな。
ホタテをあっという間に食べ終えてしまった俺は、ビッグロブスターの塩焼きにとりかかる。
すると、隣ですり身を食べていたクラウスが口を開いた。
「火を通したビッグロブスターの殻は柔らかくなり、そのままでも食べられるぞ。まあ、そこは好みだから剥いてもいい」
「じゃあ、そのまま食べちゃいます」
殻をめくるのがちょっと面倒なので、そのまま食べられるのであれば食べてしまおう。
クラウスのアドバイスに従って、殻を剥かずにそのまま食べる。
パリパリッとした殻の食感とエビの味が広がる。
殻は本当に柔らかく、まるでエビ風味のチップスを食べているよう。
プリッとした身と対照的な食感で楽しく、美味しい。
ほんのりと振られた塩が最高だ。
そして、最後はクラウス一押しの魚のすり身。
魚の身を練っているので色合いがかなり地味であるが、すり身の美味しさは前世でも知っている。
ぱくりと食べると、磯の風味が突き抜けた。
魚の旨味が凝縮されているかのようだ。
「すり身も凄く美味しいですね」
「ああ、見た目は地味だが味はトップクラスのものだ」
自分のオススメしたすり身を気に入ってくれて嬉しかったのか、クラウスは満足そうに頷いた。そして、クラウスは『この町の食堂に入るときは、すり身を注文すれば料理人の腕前がわかる』という豆知識を教えてくれた。
グランテルでもフリーマーケットを覗いていたくらいだし、隠れた名店探しなんかも好きなのかもしれないな。
「お腹も膨れて満足しただろう? そろそろ家に戻るぞ」
すり身焼きを食べ終わって、だらりとしながら海を眺めていると、クラウスがゆっくりと立ち上がった。
一週間の長旅だったのだ。クラウスは最初に言っていた通り、早く家に戻りたかっただろう。
「早く休みたいところ、付き合ってもらってすいません」
「まあ、案内する約束だったからな」
俺が礼を言うと、クラウスはくるりと背中を向けて歩き出した。
照れ隠しだったのか、さっさと家に向かいたくて仕方ないのか。どちらかはわからなかったが、どちらにしてもクラウスらしい行動だった。




