不在
「あれ? シュウさん、しばらくお休みするんじゃなかったんですか? もしかして、依頼でも受けたくなったり!?」
冒険者ギルドに入ると、こちらを見るなりラビスが前のめり気味に声をかけてきた。
たくさんの指名依頼をこなした後に、依頼を受けにくるようなマゾではない。
「いえ、受けませんよ。ちょっと一時的に街を離れるので今日は報告にきました」
俺はきちんと断りを入れてから、リンドブルムに向かうことをラビスに説明した。
「リンドブルム。いいですねー」
すると、俺の話を聞いたラビスが深いため息を吐いた。
あっ、これちょっと病んでいる奴だ。
受付台でうつ伏せになって耳をショボーンとさせているラビスを見て俺は察した。
ラビスはグランテルの冒険者ギルドの受付嬢だ。
普段はシュレディやカティの三人で依頼者の受付や、冒険者の受付を担当しているが、目が回るような忙しさなのだとチラリと聞いた。
「ギルド職員は大変そうですね」
「そうなんですよ! 一見、受付でにこにこしながら冒険者や依頼者の応対をしているだけの楽な仕事だと思ったら大間違いですよ。依頼人からの依頼書の確認、納品物の整理、保管、確認、依頼者への受け渡し、本部への報告書類ととにかくやることがたくさんあって――」
俺が同意するとラビスの口からつらつらと日々の業務の大変さが出てくる。
どうやら相当溜まっていたようだ。
前世で会社員をやっていた俺には、そのことがよくわかるので、ここは笑顔で頷いて鬱憤を吐き出させてあげることにした。
「ああ、自由な生活をしていた冒険者に戻りたいです」
「うん? 戻りたいって、ラビスさん昔は冒険者だったんですか?」
「っ!! いえ、聞き間違いですよ! 冒険者のような生活がしたいなーって言いましたよ。あはは」
あれ? 今確かに冒険者に戻りたいって言っていたような? 俺の聞き間違えだっただろうか?
改めてラビスを見てみると、その身体はとても華奢で荒くれ者のような尖った雰囲気も感じられない。
まあ、こんな可愛らしい女性が元冒険者なわけないか。ウサギ系獣人は温厚な種族みたいだし。
ラビスが冒険者としている活動している姿は想像がつかない。
「なんだか私の愚痴を聞いてもらってすいません。しばらく、街を離れる件、承知しましたご報告ありがとうございます。リンドブルムでしっかりと身体を休めてくださいね」
どこか言葉をまくしたてるように言うラビス。
少し強引な話の転換だが、それは愚痴を聞いてもらって恥ずかしくなったからだろう。
ある程度吐き出して、心が落ち着いたのかもしれない。
「はい、ありがとうございます。リンドブルムのお土産を買ってきますね」
ぺこりと頭を下げるラビスにそう言い放つと、受付をしていたシュレディやカティ、さらには奥にいたギルド職員が一斉に振り返った。
いくつもの期待の眼差しが俺に突き刺さる。
なんだろう、ドボルザークと対峙した時よりもプレッシャーを感じる気がする。
ほんの一瞬だけ空気が張り詰めて、時間が停止したような錯覚に囚われた。
「も、勿論、皆さんの分のお土産も……」
「「ありがとうございます!」」
なんとかそう口に出すと、ギルド職員の笑顔とお礼の言葉が返ってきた。
どうやらこれで正解だったらしい。
意外とここの職員たちは病んでいるのかもしれないな。
◆
冒険者ギルドや屋台の知り合いなどにも街を離れることを伝えると、次はルミアとサフィーに伝えるために移動。
猫の尻尾亭を越えて閑静な住宅街を突き進むと、そこには錬金術師であるサフィーの経営するお店があった。
大きく綺麗な窓から店内を覗き込むと、受付のテーブルにルミアが――いなかった。
窓際のイスに座ってもいない。
いつも外から覗き込むと、どちらかにルミアが座っていることが多いんだけどな。
奥の部屋で錬金術の練習でもしているのかもしれない。
店に入ろうと扉に近付くと、閉店を示す木札がかけられていた。
「あれ? もしかしてお店やってない?」
店を経営している以上、休業日があるのは当然だが今までなかったので戸惑ってしまう。
とはいえ、ルミアとサフィーのお店は店舗兼住み家だ。
店は開いていなくてもルミアとサフィーは中にいるかもしれない。
「ルミアさん、サフィーさん、いますかー?」
扉を軽くノックしてから名前を呼んでみる。
しかし、中からの反応はなく、遠くで遊んでいる子供たちのはしゃぎ声が聞こえるだけであった。
聞こえていないだけなのか、本当は中にいるのかわからない。
インターフォンのようなものやベルもないし、家の中の人に呼びかける方法がなかった。
裏側に回り込んでもう一度呼び掛けてみようか?
なんて思っていると、後ろから声がかかる。
「ちょっと」
「は、はいっ!」
振り返ると、そこには近所のおばさんらしき人物が立っている。
空いている店の前でうろちょろする男性。しかも、家主はどちらも美人ときた。
まずい、これは不審者極まりない状態だ。
「すいません! 俺は不審者なんかじゃなくて、ここの人たちとは知り合いなんですよ!」
「知ってるよ。よくあんたがこの店に入って、ルミアちゃんと喋っている姿を見るしね」
慌てて弁明すると、おばさんは呆れながらも頷いてくれた。
よかった。不審者だと思われて騎士に突き出されるかと思った。
俺がホッと胸を撫で下ろしていると、おばさんが口を開く。
「ルミアちゃんとサフィーさんなら錬金術師の発表会があるとかで、どこかに出かけているよ。だから、呼びかけても出てこないし、しばらく日を空けないと会えないさ」
「なるほど。そうだったのですね。ご親切にどうもありがとうございます」
頭を下げて礼を言うと、おばさんは満足そうに頷いて隣の家に入っていった。
予想していた以上に近所だった。
隣でうろついたり、声を上げる俺が気になって仕方がなかったのかもしれない。
ともあれ、情報をくれたことには感謝だ。
どうやらルミアとサフィーは仕事でどこかに出かけてしばらく帰ってこないようだ。
久し振りにお茶を飲みながらお話でもしようと思っていたが残念だ。
俺がリンドブルムに出発するまでに帰ってくるか微妙っぽいが、最終日にもう一度寄ってみよう。
それでも帰ってきていないようならば、ポストに書き置きの手紙を入れておけばいい。
そう決めて、俺は猫の尻尾亭に戻るのであった。