初級魔法?
ポダンさんの雑貨屋ではフライパン、鍋、まな板、包丁、お皿などといった外で料理をするのに必要な道具を買い揃えた。
他にも遭難しても大丈夫なように干し肉、乾パン、ドライフルーツ、木の実を買い上げ、水を入れることのできる樽や簡易テントも買った。
普通の一人旅であれば、そんなに大量の荷物を持っていくことはできない。しかし、俺にはマジックバッグという便利なものがあるので、いくらでも持ち運ぶことができるのだ。
ちなみに魔道コンロは仮として金貨八枚のお買い上げとなり、満月花を渡してくれれば三枚を返してくれ
ることになっている。
たくさん買ったせいか残金はほとんどなくなってしまったけど、満月花を探しながらホワイトスネークの皮や月夜草を採取して売ればいいだけのこと。
森の中はたくさんの素材で溢れている。調査や鑑定のスキルがあれば、見つけだすのは難しくない。
そんな感じで道具が揃ってルンルン気分の俺はニコと一緒に宿屋に帰宅。
「よう、シュウ。また会ったな!」
すると、宿で俺を出迎えたのはアンナさんではなく、村の見張りとして立っていたローランだった。
人懐っこいにこやかな笑顔で手を挙げている。
「あれ? ローランさんも泊まりですか?」
「そんなわけないだろ? 俺はこの村に住んでいるんだぜ?」
だよな。村人であるローランがわざわざお金を払って宿に泊まるような理由なんてないはず。
だとしたら、一体どうしてここで?
「お父さん、ただいまー!」
首を傾げていると、隣にいたニコが無邪気な声を上げてローランに抱き着いた。
「お帰りニコ! シュウと一緒に雑貨屋に行っていたんだってな? 楽しかったか?」
「うん! 見たことない素材がいっぱい見られて楽しかったよ!」
「そうかそうか。それはよかったな!」
ニコの頭を大きくてゴツイ手で優しく撫でるローラン。
「お父さんって、ローランはニコの父親だったんですか!?」
「ああ、そうだ。初日からうちの可愛いニコとデートをかますとは恐れ入ったぜ。俺は村に入れる人間を間違えたか?」
「いや、デートじゃなくて俺は雑貨屋に案内してもらっただけで……」
どこか剣呑な雰囲気を醸し出しながらすごんでくるローラン。
俺を村に入れる時よりも厳しい反応。
この人、娘であるニコを溺愛している系か。
「こーら」
「いてっ!? なにすんだよアンナ!」
どうしたものかと悩んでいると、アンナさんがやってきて後ろからトレーで頭を引っ叩いた。
「貴重な宿泊客を脅すんじゃないよ。変な言いがかりつけてないで夕食の用意するよ」
「……わかったよ。シュウ、夕食の用意してやるから適当に待ってろ」
アンナさんがローランを厨房の方へ引っ張っていく。
どうやら夫婦の力関係はアンナさんに軍配が上がるようだった。
「ローランさんって、自警団だけじゃなく宿の仕事もやってるんだ」
「うちは田舎の宿だからお客もあんまりこないし、宿の仕事だけじゃキツいから」
ニコの口から出た現実的な言葉に思わず驚く。
意外と田舎の村の宿屋経営というのもシビアなものなんだな。
大きな街のように毎日たくさん人がくるわけでもないし、行商人や俺のような流れの旅人くらいしかこなければ、そんな感じだよな。
日本の武士や農民だって、色々とマルチに働いていたようだし、そういうことも珍しくないのか。
「夕食ができるのはもうちょっと後だから、適当に過ごしててね」
ニコも手伝うためか厨房に向かった。
十歳の少女が、宿の仕事だけでなく料理の手伝いまでするとは偉いな。
さて、俺はどうしようか。夕食ができるまで少し時間がある。
一日歩き回ったせいで疲れはあるものの今、寝てしまうと夜に寝られない気がする。
村を散策したい気持ちもあるが、夕食が完成してしまった時にすぐに戻れない。ローランやアンナさんが作ってくれた料理を冷ましてしまうのは申し訳がないし。
「せっかくだから初級魔法の練習をしてみるか!」
神様が授けてくれたマジックバッグの中に入れてくれていた魔法の書。
これがあれば俺なんかでも魔法が使えるのかもしれない。
魔法の書を読みながら実戦してみたいので外に行こう。とはいっても、すぐに夕食がとれるように近場だ。
宿の裏側に回るとだだっ広い空き地があるので、そこにある石に腰をかける。
マジックバッグから魔法の書を取り出して改めて読んでみる。
魔法は人それぞれのイメージであり願いでもある。
その人の強いイメージが魔力と結びつき、より強い力を発現させることができるようだ。
魔法には【火魔法】【水魔法】【土魔法】【風魔法】【無魔法】という属性があり、人々はそのどれかの属性を使うことができる。が、属性があっても魔力を動かすような才能がないと発動できないよう。
複数の属性を使うことができる魔法使いはとても稀少であるのだとか。
そして、この魔法の書ではそれぞれの属性の初級魔法と呼ばれるものを収録しており、発動するための練習法やコツなんかを記してあるそう。
つまり、自分の使える属性の初級魔法を読みながら覚えろということか。
「でも、俺の使える属性ってどれなんだろう?」
自分の使える属性がわからないな。どうやって調べるのだろう。
魔法の書を読み込んでみると、なんと片っ端片試してみるのが早いと書いてあった。
つまり、この魔法書の通りに練習をして、うんともすんとも言わない属性魔法が適性のないものというわけか。
適性がないという感覚がどんな風なのかわからないが、まずはやってみればわかるか。
最初のページには基礎編として魔力の動かし方が説明されているが、それについてはユニークスキルである調査で、魔力を何回も波動として放っているので感覚的に動かすことはわかる。
こう、自分の胸の奥にあるエネルギーを移動させるような感じだ。
つまり、魔力を動かすことと才能の壁は突破してるわけだ。まあ、神様に授かった力のお陰なので堂々と誇るものでもないけどね。
……魔法はイメージか。
素材採取を楽しむために数々のゲームをこなしてきた俺だ。魔法をド派手に撃てるようなネットゲームなんかもたくさんやってきたので想像力には自信があるぞ。まずはやってみるか。
初級魔法のページで最初に出てきたのは火魔法。
小さな火を生成する初歩の魔法。火種なんかを作る時に使われるらしい。
これがあれば外でも簡単に火を起こすことができるが、魔道コンロのように自在に火力を調節することができるわけではないので、料理をするには少し不便だ。
「火魔法……は発動するかわからないけど、もし発動しちゃったら怖いな……」
俺は魔法使い初心者だ。小さな火を生成するものとはいえ、暴発する可能性もある。
ここは無難に危険の少ない魔法にしよう。
ページをめくっていくとライトボールという光球を浮かべて灯りの代わりにする魔法があった。
これなら失敗しても爆発したり、周りに被害が出ることはないだろう。
それに見たところ宿屋には電気はない様子。暗くなると蝋燭なんかをつけるか、すぐに寝ないといけない。
さすがにそれは不便なのでライトボールを覚えるのは必須だな。
よし、早速使ってみるとしよう。
書物には光り輝く太陽をイメージするだとか書いてあるが、わかりづらいので自分の中で丸い電球をイメージ。
それがしっかりと脳裏に浮かんだところで俺は手をかざして叫ぶ。
「よし、ライトボール!」
その瞬間、かざした手から小さな光球が発現した。
「おおっ! いきなり――」
いきなり成功かと喜んだのも束の間、光球はカッと眩い光を放った。
「ぎゃあああああああ! 目がぁぁっ!?」
あまりに眩い光を直視していたために視界が一瞬にして真っ白に染まって何も見えない。
俺は思わず石から転げ落ちてしまう。
お、おかしい。ちょっとした灯り程度なのに、この光量はどうなっているんだ。
「なに今の!? 外がピカっと光らなかった!?」
「雷か!?」
「でも、音が鳴ってないわよね?」
閃光のような光球に気付いたのか、ニコやローラン、アンナさんが外に出てきたようだ。
他にも村人がぞろぞろと家を出てきて、疑問の声を上げているのが聞こえる。
これはマズい。
「シュウさん、今なんかすごい光が出なかった!?」
「ご、ごめん、ちょっと無魔法のライトボールを使ってて……」
未だにチカチカする目元を抑えながらなんとか答える。
「魔法が使えたとはすごいな。しかし、ライトボールであんな光が出るもんなのか?」
それは俺も聞きたいことだった。どうなってるんだ俺の魔法は。