装飾の完成
「シュウさん!」
デミオ鉱山から戻ってきて三日後。
いつものように猫の尻尾亭で朝食を食べていると、俺を呼ぶ声が響いた。
驚いて入り口に視線をやってみると、そこには息を切らせているロスカがいた。
今日はドロガンが定めた期限の日だ。
そして、彼女がここにやってきたということは……。
「ロスカさん、装飾が完成したんですか?」
「出来上がったっす! これから親方に見せるんっすけど、手伝ってくれたシュウさんにも見てもらいたくて……」
徹夜明けなのだろう。ロスカの目元にはクマができており、結われたツインテールもかなり乱れている。
一刻も早く親方に見せて合否を貰い、眠りにつきたいだろう。
そんな状態にもかかわらず、わざわざ俺にまで伝えにきてくれたことが本当に嬉しかった。
「ありがとうございます。勿論、見に行きます!」
感動で溢れそうに涙を堪え、俺は残っていたパンとスープを口に押し込もうとしてやめた。
ロスカのうつろな視線がパンとスープに向かっていたからである。
「ロスカさん、朝食食べてないですよね? よければ食べてください」
「い、いや、あたしはいいっすよ。そんなことよりも早く工房に――」
我に返ったロスカが慌てて取り繕うが、その言葉は彼女の胃袋の音にかき消された。
「急ぐ気持ちはわかりますけど、このままじゃ工房まで持ちませんよ。少しでも食べてください」
「すいませんっす。じゃあ、遠慮なく頂くっす」
ロスカは恥ずかしそうに顔を赤くすると、席に座ってパンを口にする。
食べ物を口にすることで食欲が湧いてきたのだろう。一口食べると、彼女はすぐに夢中になり、二口目、三口目を口にして、勢いよくスープと一緒に飲み込んだ。
遠慮していたロスカであるが、久しぶりの食欲には敵わなかったようだ。
微笑ましい光景であるが女性であり、徹夜明けの戦士を笑ったりはしない。
「ありがとうございますっす。これで問題ないっす」
「それでは工房に行きましょうか」
ロスカの顔色が少し良くなったところで、食堂を出てドロガンの工房に向かう。
職人通りを抜けてほどなく歩くと、ドロガンの工房にたどり着く。
「親方、ただいま戻ったっす」
「お邪魔します」
「……ああ」
ロスカと共に店内に入ると、ドロガンはテーブルの上で工具の確認をしていた。
何気なくハンマーを拭いているが、ずっと磨かれているせいかピッカピカだ。それにどこか様子がソワソワとして見えた。
「親方」
「なんだ?」
「試作品の装飾が完成したので見てもらえないっすか?」
「わかった。見せてみろ」
親方はその言葉を待っていたかのようにいそいそと工具をしまった。
そして、ロスカが地下に向かうと俺とドロガンは後ろを付いていく。
階段を降りて鍛冶場に入ると、試作品が壁にかけられていた。
しかし、そこには布が被せられており、どのような装飾がなされているのかは見えない。
以前目にしたものは硬魔石を利用した青黒い大剣だった。
そこにゴールデンマイマイの金殻やシルバーマイマイの銀殻、さらにドボルザークの水晶や青水晶といった素材などが加わっているのだろう。
勿論、すべて使っているかは不明であるが、なにかしらの素材が使われているはずだ。
この布の下にある大剣がどのようになったのか非常に楽しみだ。
でも、それと同時に緊張も押し寄せてきた。自分が作ったわけではないが素材を採取するのに協力したので俺まで審査されるような気持ちになる。
高鳴る鼓動を感じながらロスカを見ると、彼女もどことなく表情が強張っていた。
ここで認められなければ、ドロガンの武器を装飾することはできないかもしれない。
そんな人生の分岐点ともいえる瞬間に緊張しないはずがなかった。
「どうした? そんなに見せるのが恥ずかしい代物なのか?」
「そんなことないっす! それじゃあ、お見せするっすよ!」
ドロガンの言葉に吹っ切れたのか、ロスカは深呼吸すると勢いよく布を取り払った。
そこには硬魔石で作られた見事な大剣がある。しかし、以前目にした時とは違って、刀身に波打つような水色の模様が入っており、持ち手や柄には品の良さを表すような銀があしらわれていた。
過度な装飾はされていない。
まるで山にほんのりと雪が積もったかのようなうっすらとした装飾であった。
その塩梅が実に見事で装飾がうるさく感じず、上品に見えていた。
機能美的な美しさを誇るドロガンの武器の良さを損なっていない。いや、その美しさを理解しているロスカだからこそ、できた装飾だと思える。
「俺には武器や装飾のことは詳しくわかりませんが、ドロガンさんの洗練された美しさを活かされていると思いました」
「ありがとうございますっす」
「装飾には何の素材を使ったんですか?」
「ドボルザークの水晶と青水晶を溶かして混ぜ合わせたもので模様を描き、シルバーマイマイの殻を使って装飾したっす」
「なるほど」
まさかそのような方法で模様が描かれているとは思いもしなかった。
「実はこの装飾、氷魔法を使うシュウさんからインスピレーションを受けたんすよ」
「えっ、本当ですか?」
ロスカから思いもよらない言葉を受けて、改めて大剣に施された装飾を見つめる。
「……もしかして、模様の流れがフリーズを表しているとか?」
「当たりっす!」
おお、まさか俺の魔法が元になっているとは。嬉しいような恥ずかしいような気持ちだ。
でも、素材採取以外にもロスカの役に立っていたようで嬉しかった。
ロスカは嬉しそうに笑った後に、ドロガンの方に向き直る。
肝心なのは俺の感想ではなく、ドロガンの評価だからな。
ドロガンは装飾のされた試作品を難しそうな顔つきで眺めているかと思いきや、呆けたように眺めていた。
「……親方?」
ロスカが声をかけると、ドロガンはハッと我に返った。
「な、なんだ?」
「いや、判定とかどうっすか?」
おそるおそる尋ねるロスカにドロガンは腕を組み、
「……まあ、いいんじゃないか?」
ドロガンの口から漏れた曖昧な言葉に、ロスカはずっこけた。
「なんでそこが疑問形なんすか! もうちょっと具体的な感想とかあるっすよね!?」
「俺には見た目の美しさとか装飾のことはわからん!」
ロスカの突っ込みに何故か偉そうに答えるドロガン。
「わからなくても気に入ったか、気に入ってないかはありますよね? 元を作ったのはドロガンさんですし」
「そのどちらかで言えば……気に入ったってところだな」
「やったっす!」
苦々しそうに言うドロガンの言葉に、ロスカが歓喜の声を上げた。
「ということは品評会に出す作品の装飾をあたしがしてもいいんっすよね?」
「いや、その必要はない。これをこのまま品評会に出す」
「えっ、ちょっ! それってどういうことっすか!?」
ドロガンの言葉にロスカが驚愕する。
俺も初めて聞いた事実であるが、ドロガンが試作品と強調するように言っていたことから、気に入ればそうなるんじゃないかなとは思っていた。
「そのままの意味だ。これを作品として提出する」
「これは試作品って言ったじゃないすか!?」
「試作品を出しちゃいけねえってルールなんてねえだろ? なんだ? お前、もしかして品評会に出せないような自信のないものを作ったっていうのか?」
「そんなことはないっすけど!」
「じゃあ、文句ねえだろうが」
粛々と試作品を品評会に出すことを決めるドロガン。
ロスカは突然の事態に戸惑いを示していたが、結果として自分の装飾を施した作品が品評会に出せるのが嬉しいのか満足そうに笑った。
「よかったですね、ロスカさん」
「はい、これもシュウさんのお陰っす! 後は品評会の結果を待つっす!」
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