グランテルへの帰還
ドボルザークをマジックバッグに収納すると、俺たちは帰還するべく動き出した。
幸いなことに十一階への階段はすぐに見つかり、そこからは魔石調査を繰り返して、戦闘を避けることによって、時間こそかかったものの地下六階に戻ることができた。
「いやー、ようやく六階に戻ることができたっすね!」
「ここまでくればあともう少しです。早く地上に戻りましょう」
「はいっす!」
見覚えのある泉を見て、感慨深い気持ちになったがゆっくりしている暇はない。
ここまで戻ってこれば、後は勝手知ったる道。フロア全体としても広くない。
俺たちは泉を通り過ぎてぐんぐんと進んでいく。
ドロガンの品評会のことと、ロスカが装飾をすることを考えれば時間がないのだ。
暗い洞窟の中にずっといたので時間の経過が今いちわからない。
一週間以上も鉱山の中にいたなんてことはないと信じたい。
そんなことを考えながら歩いていると、ロスカが不意に口を開いた。
「待ってくださいっす。この先から人の気配がするっす。しかも、三人」
「本当ですか?」
ロスカに言われて、調査を発動してみると坑道の先で素材の反応がした。それは他の素材のようにそこにあるのではなく、ゆっくりと動いている。
あのシルエットは胸当てや肩当て、剣といった人間の装備品だ。
これは人が近づいてきていると推測していいだろう。
「そうみたいですね。念のためにいつでも戦える準備だけはしておきましょう」
「了解っす」
ここは誰の目もない坑道だ。どのような人物がいて、悪意を向けてくるとも限らない。
人がいたからといって警戒しないわけにはいかないのだ。
スキルで相手の位置や動く速度を把握し、魔法をいつでも放てるように準備。ロスカもハンマーを構えて、動き出せるようにする。
「……んん? なんだかシュウさんの名前を呼んでるっすよ?」
「ええ? 俺の名前ですか?」
よくわからないが、ロスカの聴覚は相手の口から洩れた俺の名前を聞き取ったらしい。
「あっ、あたしの言葉を聞き取れるってことは相手にも獣人がいるっすね。絶対シュウだ とか言って走ってくるっす」
ええ? 俺のことを知っていた用がある獣人ってことか?
よくわからないが、相手はこちらに用があるようだ。
突然の事態に俺が戸惑っている間にも、坑道からはこちらに向かって走ってくる足音が聞こえる。
ひとまずライトボールを先行させて坑道の奥を照らすと、レオナ、ラッゾ、エリクの姿が見えた。
「見つけた! やっぱりシュウだ!」
「おおおお! この野郎、探したぜ!」
妙に感激した声を上げるレオナとラッゾ。
その反応に俺はただ戸惑う。
「レオナさん、ラッゾさん、エリクさん、一体どうしてここに?」
「シュウを探しにきたに決まってるだろ!? ギルドでお前たちの捜索依頼が出されていたからな」
「「捜索依頼!?」」
ラッゾの口から出た思いもよらない言葉に、俺とロスカは驚いてしまう。
「……鉱山に行くと言って三日も帰ってきてないんだってな? ドワーフから捜索依頼が出ていたぞ」
「そうそう! それで心配になって私たちが探しにきてあげたってわけよ!」
戸惑う俺たちにエリクとレオナが状況を説明してくれた。
どうやら三日も鉱山にこもっていた俺たちを心配して、ドロガンさんが捜索依頼を出してくれたらしい。
確かに、何も言わずに三日も帰ってこなかったら心配するよな。状況が状況だっただけに仕方がないことだったとはいえ、大変な迷惑をかけてしまった。
「三日も帰ってきていないってことは、今日は四日目ですか!?」
「え? 気にするとこそこ? 今はそんなことよりも無事であることを祝って――」
「今はそこが一番大事なんです! 今日は四日目っすか?」
戸惑いを露わにするレオナであるが、品評会を目の前にしている俺たちからすれば、そちらが大事だ。
「う、うん、今日は四日目だけど?」
ということは三日の夕方に依頼を出したか、四日目の朝に依頼を出して、すぐにレオナたちがやってきてくれた感じか。
「ってことは、期限まで三日しかない! ロスカさん、今からすぐに戻って作業すれば間に合いますか?」
「間に合わせてみせるっす! でも、できるなら時間は多い方が嬉しいっす!」
後半の台詞はない方がカッコよかったが、時間が多いほど嬉しいのは当たり前だ。
「では、急いで戻りましょう!」
「はいっす!」
「レオナさん、時間がないので走ってグランテルに戻ります!」
「ええ!? せっかく探し出したのに全然感動感とかないんだけど!?」
「こっちも疲れてるのにそりゃないぜシュウ!?」
俺たちの身を案じてわざわざ探しにきてくれたのに、こんな反応をされれば不満に思ってしまうのも仕方がない。
「ごめんなさい、大事な用事があってそれに間に合わせないといけないんです。豪華な食事をおごります! 索敵や感知もすべて俺たちがやるので今は付いてきてください」
「「「わかった!」」」
ごちそうを約束すると、不満そうにしていた三人は実にいい返事をして付いてきてくれた。見事な手の平返しでもあるが、話のわかる人たちで実に助かるな。
◆
「グランテルに戻ったっす!」
俺の調査スキル、ロスカの嗅覚、聴覚をフル活用したことにより、俺たちは一時間もかからないうちにグランテルに戻ることができた。
「あはははは、私たちが半日かけてここまできたのに一瞬で街に戻っちゃった」
「一度も魔物と遭遇してないってどうなってんだ?」
「……あり得ない」
俺たちの後ろを付いてきてくれたレオナたちは、あっという間に戻ってこれた現実にショックを受けているようだった。
まあ、調査による魔物感知に、構造把握を使えば安全なルートを最短で向かうことは造作もない。ロスカのお陰で危険地帯も把握しているし、何度も通った道だからな。
その気になればこんなものであるが、反則的なスキルを持っているからこそできる芸当だろうな。
「それじゃあ、工房に向かうっす!」
「ええ、急いで行きましょう!」
「ちょっと待って! 元気ならさすがにどっちかはギルドに来てほしいんだけど!」
仮にもレオナたちは捜索依頼を受けている。俺たちを連れずに、捜索が完了したと言われても受理されないだろう。
「しょうがないですね。では、俺がギルドに顔を出して――」
「でも、そうなると肝心な素材はどうなるっすか?」
さらりとロスカに突っ込まれてしまって、俺は固まる。
「このバッグをロスカさんに預ければ素材を取り出せたり……?」
「無理みたいっすね。気持ちはありがたいっすけど、こんな物を持たされて失くしちゃったことを考えるとゾッとするっす」
試しにロスカが腕を突っ込んでみたが、すぐに手が底についたようだ。
素材を取り出せるような雰囲気は感じられない。どうやら俺にしか取り出せない特別な仕様になっているようだ。
今はその防犯性の良さが憎い。
「じゃあ、一旦工房に寄ってからギルドに向かうということで……」
「まあ、シュウたちのお陰でここまで速く戻ってこれたんだし、いいんじゃねえの?」
「ここまで来たら最後まで付き合うわよ」
「ありがとうございます!」
本来であれば、真っすぐにギルドに向かうのが筋であるが、今行けば絶対に事情説明をしろとラビスに捕まるしな。
ラッゾやレオナの優しさに甘えて、俺たちはギルドを通り過ぎて工房に向かった。




