不器用な戦闘
「ま、魔物と出くわさないままに地下三階まで来てしまったっす……」
地下三階にたどり着くなり、ロスカが呆然と呟いた。
三階まで用はないというので、要望通りに魔物との戦闘を避けながら最短ルートでここにやってきた次第だ。
俺も鉱山には何度も潜っているので、かなり速いペースでやってこれたな。最短記録なのじゃないだろうか。
「さて、ここからは素材の方も探していきましょうか」
「待つっす! ちょっとくらい戦闘をしておかないといざという時に困るっす!」
「ええ、三階まで用はないって言ったのはロスカさんじゃないですか」
ここからしか用はないと言っていたのに、そのように言われるのは納得がいかない。
「だからといって、本当に一度も魔物と遭遇しないままやってくるとは思わないじゃないっすか! シュウさん、人間っすよね? どうしてあたしより索敵範囲が広いんすか!?」
「まあ、そういうスキルを持っていますので」
さすがに獣人のロスカよりも遥かに早く、遠くの魔物を感知していれば、何かしらの力を持っていると疑うだろうな。
誤魔化すことでもないので、ここは素直にスキルの力だと教えておく。
「やっぱりっすね! これがシュウさんが一人で採取に行ける秘密っすか」
「俺のスキルより、魔物との戦闘はいいんですか?」
俺のスキルについて神様から貰ったなどと言っても信じてもらえないだろうし、頭のおかしい人だと思われるために説明するつもりはない。
さりげなく話題を戻すと、ロスカはすぐに反応した。
「いるっす! 鉱山の魔物は深くなればなるほど強くなるっすから、いきなり強敵との戦闘は勘弁っす! ここらで肩慣らしをしておきたいっす」
確かにデミオ鉱山の魔物は階層が深くなればなるほど厄介な魔物が増える。
この辺りで戦闘の勘を取り戻しておきたいと言うロスカの言い分も納得のできるものであった。
「わかりました。では、戦いやすいところにいる魔物を倒しに行きましょうか」
「お願いするっす」
自分から魔物を探して討伐しに行くのはあまり気が進まないが、ロスカの安全のためでもあるし仕方がない。
マイナスに考えず、ここは魔物の素材をゲットするチャンスだと考えて前向きに挑むとしよう。
歩き出した俺は魔石調査を使って、周辺の魔物を感知する。
「このまま道なりに進むとブラックアントルが二体います」
「あたしの耳や鼻に反応していないっすけど了解したっす」
耳と鼻に自信があったのかロスカが少し複雑そうにしながらもハンマーを構えて進む。
すると、ロスカがピクリと耳を反応させた。
「あっ、本当にそれらしい反応があるっすね」
静かな坑道とはいえ、四十メートルほど先の音を聞き取ることができるとはすごいな。
俺たちは戦闘態勢をとりながらブラックアントルに近付く。
岩陰からこっそりと覗くと、ブラックアントルが壁を掘り返して鉱石か何かを食べているようだった。
「こちらに気付いている様子はないっすね。どうするっすか?」
「俺が氷魔法で足止めをしますので、ロスカさんがハンマーで攻撃してください」
「了解っす!」
まともな武器を持っていないことや、魔力が豊富なことから俺が後衛魔法タイプであることはロスカも把握している。
大体の流れを話し合ったところで、先に俺が岩陰から飛び出す。
「フリーズ!」
食事をしていたブラックアントルが振り返るが遅い。
既に発動した氷魔法は地面を駆け抜けブラックアントルの脚を氷漬けにしていた。
「てやあああああああっ!」
動けなくなってもがくことすらできないブラックアントルの元に、気合の入った声を上げるロスカがハンマーを持って肉薄。
「ロスカさん、余裕があれば素材を考慮した倒し方で――」
と俺が言いかけた瞬間、坑道内でズンズズンと破砕音が鳴った。
ロスカがハンマーを振り下ろした場所を見ると、そこには体の中心を潰されてしまったブラックアントルが二体いた。
ハンマーの衝撃で全身ぐしゃぐしゃになっており、無事といえる素材は皆無。
「ああ、ブラックアントルの酸袋、鋭い顎、フェロモン、遮光眼が……」
「悪いっす。あたし戦闘は器用じゃないんで加減とかできないっす」
絶望の声を上げる俺に、ロスカは申し訳なさそうに苦笑いした。
確かに繊細な宝石カットや装飾とは違って、こちらは豪快にハンマーで叩き潰していたもんな。
こちらの命を狙ってくる相手に手加減しながら倒せというのも無茶な話である。
「いえ、素材よりも命が大事なのでいいですよ」
「採れそうな時はできるだけ意識してみるっすから、そんなに悲しそうな顔をしないでほしいっす!」
よほど俺の顔が悲しそうだったのか、その後のロスカは妙に優しかった。
◆
「ありがとうっす! 肩慣らしは十分にできたっすから、そろそろ素材を探してみるっす!」
地下三階でいくつかの魔物と戦ったお陰ですっかり戦闘の勘を取り戻すことができたのか、ロスカは満足そうに言って行動に移した。
「じゃあ、俺も適当に鉱石や宝石を掘り出していきますね」
「え?」
「できるだけ近くで作業しますし、魔物らしい反応があればすぐに教えますので」
「シュウさんの力を信用してないわけじゃないっすけど、できるだけ近くでお願いするっすよ? 普通は一人で採掘なんてしないんすからね!」
そういえば、普通は誰かを見張りに立たせて採掘するものらしいな。
その方法に慣れていたロスカは一人で採掘するのが不安なのだろう。
俺はスキルで把握できるので問題ないが、ロスカはそうじゃないしな。
「わかりました。ちゃんと目の届く範囲で採掘しますから」
調査スキルを使って素材を発見した俺は、すぐ傍の壁にツルハシを打ち付ける。
すると、ロスカはホッとしたように息を吐いて、近くの壁を凝視し出した。
ここからはロスカがピンとくる素材を探し出せるかにかかっている。
できるだけたくさんの種類の素材を採掘して、彼女のインスピレーションを刺激してやろう。
硬魔石で作られたツルハシで壁を掘り、素材が近付いてきたらロックハンマーとタガネで丁寧に掘り出す。
【雷鉱石】
黄緑色に透き通った琥珀のような色合いで、中心部分には稲妻模様がある。
魔力を込めると小さな電気を発生させることができる鉱石。
コレクターの間で人気が高い。
【青炎石】
青と赤が入り混じり、炎のように色が揺らめく石。ほのかに温かいので冬に持ち歩く者もいる。
【黒斑点水晶】
透き通った水晶に黒い斑模様が浮かび上がったもの。斑点はランダムに浮かび上がり、斑点で何かを形作ったものが特に人気が高い。
【ローズサイト】
不透明なピンク色の美しい石。インクルージョンを多く含んでいる。
バラに似たような色合いから名付けられた。
採掘した中で目新しいものはこの四つだった。
これらのものであれば色合いも綺麗だし悪くないのではないか。
「ロスカさん、いくつか掘れたので見にきてくれませんか?」
「ええっ? もう見つけたんすか?」
俺が鉱石を持って近づくと、ロスカは驚きつつも採掘作業を止めた。
「雷鉱石に青炎石に黒斑点水晶! 短時間でよくこれだけ掘れたっすね」
「どうです? 試作品の装飾に使えそうですか?」
俺が尋ねると、ロスカは難しそうな表情をして小首を傾げる。
「……うーん、どれも綺麗でいいんすけどピンとこないっす」
「そうですか。じゃあ、また採掘して色々持ってきますね」
「頼むっす!」
どうやらこの四種類の物ではピンとこなかったようだ。
まあ、すぐに目的の物が出てくるとは思っていない。めげずにたくさんの素材を見せて、ロスカが装飾に使いたくなるものを探し出してやろう。
 




