錬金術スキル
七色ブドウを採取した俺とルミアは、上質な砂を求めて下流の川にきていた。
森の入り口付近にある、なんてことのない小さな川だ。
透き通るような水が流れており、穏やかな水の音が奏でられている。
木々に遮られて直接日光が当たることなく、僅かな木漏れ日が地面を照らしていた。
「ここでポーション瓶に必要な上質な砂が採れるのですか?」
「はい、ここで採れますよ」
「とてもそんな特別な砂が採れるような場所には見えませんが……」
川の水底にある砂も特にこれといって特徴もない。
「あくまでポーション瓶を作るために必要な素材の一つですからね。それに錬金術で不純物を分離してあげて、初めて素材になりますから」
「そうだったのですね。てっきり砂だけで瓶ができてしまうのかと思っていました」
「瓶を作るには魔石の粉や粘鉱石なんかを配合する必要があるんです」
勘違いをしていた俺にルミアは丁寧に瓶に必要な素材を教えてくれる。
「あの、前から思っていたんですけど作るのに必要な素材のことを教えてもいいんですか?」
物を作るためのレシピだって重要な財産だ。
勿論、素材の使い道なんかが気になる俺からすれば、聞いているだけで楽しいのだが、迂闊に言ってもよいものなのだろうか。
おそるおそる尋ねると、ルミアは呆けた後にクスリと笑った。
「構いませんよ。この程度のレシピなら錬金術師だけでなく、少し博識な一般人でも知っていることですから。それにレシピがわかったところで錬金術のスキルと長期間の修練を積んでいないとできるものじゃないんです」
そう語るルミアの顔には、確かな自信のようなものが現れていた。
「そうだったのですね。なんだか失礼なことを言ってしまったようですいません」
そりゃ、そうだよな。ルミアだって錬金術のことを学び、スキルを得て、サフィーの下で修業することでできるようになったのだ。
ただ知識として知った程度で真似できるようなものではない。
「いえいえ、錬金術師って具体的なことまでは知られていない職業なので、仕方がありませんよ。シュウさんが疑問に思ってしまうのも当然です」
「ありがとうございます」
「でも、今日はそんなシュウさんのために具体的なところを少しお見せしますね」
具体的なところというと、森に入った時に言っていた錬金術スキルのことだ。
きっと、これから砂を採取して上質な砂にする工程を見せてくれるのだろう。
「川の中にある砂を採るので少し手伝ってくれませんか?」
「わかりました」
俺はズボンをめくり、靴や靴下を脱いでスコップを手にする。
準備ができたのでふとルミアの方を見ると、ちょうど靴下を脱いで素足になった瞬間だった。
シミ一つない滑らかな白い足が露わになる。木漏れ日が見事にルミアの素足を照らしており、妙にくっきりと見えた。
……別にやましいものを見たわけではないが、いけないものを見てしまったような気がする。
ルミアのような純粋な子に、そんな邪な想いを抱くのは失礼だ。
俺は頭を左右に振って邪念を追い出し、川の中に足を入れた。
「冷たっ!」
「まだ春なので水の温度が冷たく感じますね」
暖かく過ごしやすい季節ではあるが、まだ気温は春のもの。川の中に足を入れれば冷たく感じるのも当然だった。
だけど、全身で浸かるわけでもない。ここの川は深くて膝下程度のもの。
徐々に慣れてきて水が気持ちよくなってきた。
緩やかな水流が天然マッサージのように足を刺激してくる。
静かな川で過ごすのも悪くないな。
この世界にも夏のような季節があるのかは知らないが、気温が暑くなるようだったらこうやって涼をとるのも悪くないかもしれない。
「慣れてきたので砂を採取しましょうか」
「はい、どこにある砂を採れば?」
「できるだけ石を入れないようにしてもらえれば、この辺りにある砂で大丈夫ですよ」
「わかりました」
どうやら本当にここにある砂でいいらしい。
【川の砂 普通】
不純物の少ない綺麗な砂。
錬金術スキルで不純物を取り除けば上質な砂になる。
鑑定してみるも簡素な情報しか出てこず、大して使い道もないようだ。
錬金術を使うことでようやく素材としての価値が出る模様。
そんなことを確かめてからスコップで川底にある砂を麻袋に詰めていく。
その時に気付いたのだが、ここの川は水だけでなく砂まで綺麗だということ。
日本の川であれば、最近は水質や砂の汚染が広がっているところが多い。
俺の近所にある川も水が綺麗なことで有名であったが、少し川底を触ってみると泥が煙のように舞い上がってしまうのだ。
しかし、この川にはまったく泥や不純物が滞留していなかった。これは水だけでなく砂が綺麗な証だ。
なるほど、これだけ綺麗な砂であればポーション瓶の素材であっても不思議ではない。
ザックザックと川底にある砂を麻袋に詰める。
「このくらいで大丈夫です」
ルミアがそう言ったところで切り上げて、すっかりと重くなった麻袋を岸まで運んだ。
「それでは錬金術のスキルをお見せしますね」
「お願いします!」
「とはいっても、本当に地味なのであまり期待しないでくださいね」
ルミアはそう念を押すように言うと、麻袋を広げて水分を多く含んだ砂に手を当てた。
「【乾燥】」
ルミアが一言告げると水分を含んで固まっていた砂が一瞬輝いた。そう思った次の瞬間、水分を含んでいた砂はサラッとした砂になっていた。
「ええっ! あっという間に乾燥して……」
一瞬で砂の中にある水分を乾燥させたというのだろうか。
「【成分解析】【不純物分離】」
続けてルミアがスキルを発動させると、砂利などの入った濁った砂と、サラサラとしたきめ細やかな白い砂の二つに分かれた。
「はい、これで上質な砂になりました」
俺が呆然としている中、ルミアが微笑みながら言う。
「少し触ってみてもいいですか?」
「いいですよ」
ルミアから許可を貰って触ってみると、本当にサラサラで指の引っかかりはほとんどなかった。
【上質な砂 高品質】
錬金術によって不純物の取り除かれたサラサラの上質な砂。
錬金術の素材として使え、ポーション瓶やレンガを作ることができる。
鑑定してみると、本当に上質な砂に変化している。
ただの綺麗な砂と表示されていたものとは大違いで、品質も高品質にアップしていた。
「ただの砂だったものが、上質な砂に変化していますね。乾燥させて不純物を取り除いたんですよね?」
「はい、錬金術スキルで水分を蒸発させ、不純物を分離させました」
まるで手品でも見ているかのような出来事であっという間だった。
光ったと思えば気が付けば乾燥し、不純物とそうでないものに別れていた。
「このままですと持って帰るのが重いので、他の砂も上質な砂にしちゃいますね」
ルミアはそう言うと、先程のようにパパッと上質な砂を錬金してみせた。
目の前で見ている分には簡単そうに見えるが、これも修練の賜物なのだろうな。実力者ほど技術を簡単そうにやってみせるものである。
「ありがとうございます。貴重な技術を見せていただいて。素材が変化する姿は見ていて、とても面白かったです」
「そう言ってもらえると、こちらもお見せした甲斐がありました」
よくよく考えればルミアは、マスタークラスであるサフィーに弟子入りしているのだ。
本人は謙虚に見習いだと述べているが、実際はそこらにいる錬金術師よりも遥かに腕前が上なのかもしれ
ないな。
「これで素材は全部揃いましたね」
サフィーから課題として与えられた素材は全て採取した。
七色ブドウは知らない素材だったのでもっと時間がかかると思っていたが、意外と早く採り終わることができた。
お陰でまだ太陽も高い位置にある。
「あ、あの、早く終わったのでもう少し素材採取に付き合ってもらうことってできますか?」
太陽からおおよその時間を計測していると、ルミアがおずおずと尋ねてきた。
「俺も同じことを考えていましたよ。少し休憩したらグラグラベリーでも採取しますか」
「はい!」
俺の言葉にルミアは花のような笑みを浮かべて頷いた。
たまにはこうやって気ままに素材採取をしにいかないとな。
冷たい川の水に足を浸しながら俺は空を見上げるのだった。




