モジュラワームの美容液
モジュラワームの体液を採取した俺はグランテルに戻った。
いつもならついでに鉱石の採掘をして帰るのだが、モジュラワームの相手をして精神が摩耗していたので早めの帰還だ。
今回はクラウスからの指名依頼なので、直接彼の家に納品しに行く。
「すいません、冒険者のシュウです」
いつものように扉をノックすると、クラウスにしては珍しくすぐに出てきた。
「……なんだ?」
「なんだって、指名依頼の素材を持ってきたんですけど?」
てっきり待ち遠しくしているから早く出てきたかと思ったのに、何故にそこで用件を尋ねられるのか。
「今回の依頼は特に細かい注文はしていなかったが……」
「露店の時に直接約束したので、こちらも直接持ってくるのが筋かなと」
「フン、律儀なことだな。とりあえず、入れ」
クラウスはそう鼻を鳴らすと、奥の部屋に歩いていった。
ドロガンといい、どうして何かを作る人はこういう人が多いのだろうな。そんな人たちに慣れてきている自分が少し怖い。
打ち合わせ部屋に入ってソファーに座っていると、しばらくしてクラウスがお茶を持ってきた。
今回は時間もあるのでそれなりのもてなしをしてくれるようだ。
でも、あの苦い薬草茶かーと思っていると、トレーにはクレッセンカの蜜が入った瓶を載せていた。
「あっ、クレッセンカの蜜を買ったんですね」
「市場で買ったのだが、お前が採取したものに比べると雑味が酷い」
「少し味見をしても?」
「構わん」
クラウスに許可を貰って、クレッセンカの瓶にスプーンを入れて少し味見。
サラッとしており甘さもちゃんとしているが、わずかにえぐみが混ざっているような気がする。
「採取する時にえぐみが混ざったか、日数が結構経過しちゃったのかもしれませんね」
【クレッセンカの蜜 やや悪い えぐみと時間経過により品質劣化】
試しに鑑定してみると、やはりそうだった。
「……お前が採取したものの方がよっぽど美味い」
「品質については気を遣っていますからね」
俺が採取しているクレッセンカの蜜は全て高品質だ。しかも、マジックバッグで保存しているので鮮度の劣化はほとんどない。
あまり褒めるようなことがないクラウスにそう言われると、やはり嬉しいな。
褒められて上機嫌になっていると、前に座っているクラウスは顔をしかめていた。
このクラウスの顔は、自分が想定した通りのことに事が運ばなかった時の顔だ。
多分、クラウスは今何かに不満を抱いている。
前も俺がクレッセンカの蜜を一人で使っていた時、酷く遠回しな言い方で欲しがられた気がする。
……今回も欲しいのかな?
「実は最近採取したばかりのクレッセンカの蜜があるんですがいかがです? 勿論、味は保証しますよ?」
最近といっても、デミオ鉱山に行く前にルミアと森で採ったものであるが、マジックバッグの中では時間が経過しないので最近とする。
「味見をさせろ」
「どうぞ」
俺の提案は望み通りのものだったらしく、クラウスは即座に味見。
そして、どことなく満足そうに頷く。
「やはり、お前が採ってきたものはえぐみがなくていいな」
「ありがとうございます」
「料金は?」
「銀貨一枚です」
普通のクレッセンカの蜜であれば銅貨六枚から八枚程度だが、俺のは品質が良くて味もいいので少し高めでもいいだろう。
「それで買おう」
クラウスから銀貨一枚を受け取って、クレッセンカの蜜を差し出す。
クラウスは薬草茶に蜜を垂らすと、無言でこちらに差し出してきた。
えぐみのある方を使えと言われるかと思ったが、さすがにそんな酷いことはしないようだった。
「それで依頼品は持ってきたのか?」
「はい、こちらに」
優雅に薬草茶を飲んでいると、クラウスが早速とばかりに聞いてきたので、マジックバッグから素材を取り出す。
ヒカリゴケ、魔晶石、モジュラワームの体液の三種類の素材をテーブルに並べると、クラウスは真剣な顔でそれらを吟味する。
「ヒカリゴケや魔晶石は観賞用に置いておくんですか?」
「……ヒカリゴケはそうだが、魔晶石は薬に使う」
「えっ、そうなんですか?」
「世の中には子供の頃から大きすぎる魔力を持って生まれ、制御ができずに命を落とすケースもある。魔晶石は、そんな子供の魔力活動を鎮める薬に使うんだ」
「そんな病気もあるんですね」
俺はある程度成長した状態であり、なおかつ大人の精神があるから大丈夫だったけど、ただの赤ん坊が膨大な魔力を持っていたらコントロールなんてできないもんな。
「まあ、赤子の内から魔力が膨大な上に、魔力を操ることができる者などかなり稀ではあるがな」
確かに。俺も神様の教えと、調査のユニークスキルがなかったら操ることなんてできなかったかもしれないな。
「……ふむ、どれも品質に問題ないな」
「魔晶石の量もそれくらいで大丈夫なんですね?」
「そうだな。まだ持っているのならば買い取りはするが?」
「おっ、じゃあ見てください。今日、鉱山ですごく綺麗な魔晶石の塊が採れたんですよ!」
クラウスならば、俺がマジックバッグを持っていることを知っているので、気兼ねなく取り出せる。
実は鉱山から帰ってきて誰かに見せたくてたまらなかったのだ。
「見てください、この魔晶石の美しさ!」
マジックバッグから魔晶石の塊を取り出した俺は誇らしげに叫んだ。
「……こんなバカみたいな塊は不要だ。どんな値段がするかもわからん。宝石店か博物館にでも売り払ってしまえ」
呆れかえったクラウスの反応を見て、これを納品しないでよかったと思った。
◆
クラウスに素材を納品した俺は、依頼書を持ってギルドに報告にきた。
受付にいるラビスはちょうど他の冒険者の対応をしているみたいだ。
隣にいるエルフのシュレディが空いているので、今日はそちらで対応をしてもらおう。
どうせ依頼書の確認をしてもらうだけだし。
「指名依頼達成の報告にきました」
「すぐにラビスの手が空きますので少々お待ちください」
「いや、あの、依頼書に目を通して認可してもらうだけなんですけど……」
何故か俺の担当はラビスという暗黙の了解ができているが、依頼書の認可程度なら特にラビスでなくても問題はない。
「……ラビスからそれ以外の用件があるみたいなので」
「は、はぁ。わかりました」
また指名依頼なのだろうか。とにかく、他に用件があるというならば、ラビスにやってもらう方が都合もいいか。
シュレディの言葉に納得して、俺はラビスが対応している冒険者の少し後ろで待つ。
「シュウさん、どうぞ!」
しばらくすると、冒険者がいなくなって俺の番になった。
「指名依頼達成の認可をお願いします」
「はい、依頼書をお預かりします」
ラビスは依頼書にしっかりと目を通すと、認可の朱印を押した。
「指名依頼の達成を確認しました。シュウさん、お疲れ様です」
「ありがとうございます。シュレディさんから他の用件もあると聞いたのですが、どうかしましたか?」
俺がそう尋ねると、ラビスはキョロキョロと周りを確認して前屈みになる。
「今回の指名依頼でモジュラワームの体液――じゃなくて、美容液を採取しましたよね?」
「はい、納品するために必要だったので」
美容液など採取していないが、使っている身からすれば美容液と呼びたいのだろう。
「……その、美容液とか余っていたりします?」
ラビスから用件があると聞いていたが、依頼のことではなかったようだ。思いっきり私情だった。
ラビスが声をひそめるわけである。
「失礼ですけど買えばいいのでは?」
「モジュラの美容液は採取してくれる冒険者があまりいないせいで希少品なんです! それにシュウさんの採取したやつなら品質も抜群じゃないですか」
確かに普通の冒険者でもアレを好き好んで相手する人は少ないだろう。
暗い坑道の中を機敏に動き回るし、音や気配にも敏感だ。先手をとるのも難しいからな。美容液があまり市場に出回らないのだろう。
「シュウさん、お願いします……っ!」
ラビスがどこか潤んだ瞳を向けながら頼んでくる。
「ラビスさんにはいつもお世話になっていますし、色々と情報も教えてもらっていますから相場より安くお売りしましょう」
先日の連絡不足のせいで迷惑をかけたこともあるし、ギルドで一番お世話になっている職員だ。素材を売ることくらい構わない。
「ありがとうございます! それで、その、さらにお願いするのも申し訳ないんですけど、どれくらいありますか? 私だけ手に入れてしまうと同僚や先輩に怒られて……」
ラビスがチラリと視線をやった方を見ると、隣にいるシュレディがこちらを見ていた。
奥の職員スペースを見ると、カティや他の女性職員も仕事をしている風を装って、こちらに視線を向けているのがわかる。
「採取ケース四個分までなら……」
俺がそう言い放った瞬間、ギルドにいる女性職員全員がこっそりとガッツポーズをした。




