どんな場所でも探してみること
「ありがとうございます。こちらの素材はお預かりして依頼主にお届けしますね」
「はい、よろしくお願いします」
ひとまず、手元に持っていそうな素材を納品したことで四つばかり指名依頼を消化した。ラビスにどうしてそんなに素材を持っているのかと聞かれたが、指名依頼が溜まっていそうだったから持ってきたと言えば納得してくれた。
素材採取ばかりをしているからか、俺ならどんな素材を持っていてもおかしくはないというイメージがあるらしい。
ちょっと変人扱いされているようで複雑な気分。
ラビスが素材と依頼書を纏めているのをよそに、俺はクラウスの依頼書に目を通す。
「ええっと、欲しい素材はヒカリゴケと魔晶石と……ゲッ、モジュラワームの体液……」
そこに書かれているのはどれもデミオ鉱山で採れる素材ばかり。
しかし、最後の素材は頂けない。
以前デミオ鉱山で遠目に見た、絶対に接敵を避けたい魔物の素材じゃないか。
「ああ、クラウスさんの依頼ですね。モジュラワームの体液はとても肌に良くて、美容液として使われるんですよ」
「ええっ!? あんなにグロい見た目をしているのにですかっ!?」
「……見た目と美容効果は別なんです。ええ、別なんですよ」
思わず突っ込むと、ラビスはどこか遠い目をする。
何度も「別なんです」と言う様は、どこか自分の心に言い聞かせているようだった。
そんな様子を見て、俺はラビスも美容液として使っているのだろうと察した。
あの見た目を知りつつも、美容のために使うのは天晴れだ。尊敬の念すら抱ける。
「なるほど。しかし、クラウスさんが美容液か……」
「クラウスさんの場合は、火傷薬やハンドクリームを作るために必要なんだと思いますよ」
「ああ、薬の材料にもなるんですね」
さすがは美容液として使っているだけあって、モジュラワームの体液について詳しいな。
火傷薬や肌のケアにも使えるだなんて意外と万能なんだな。
「クラウスさんの依頼を受けますか?」
「本当は敬遠したいですけど、本人と約束してしまったので受けます」
「かしこまりました」
どこか同情の眼差しを向けながら、依頼書を纏めるラビス。
「モジュラワームの体液ってどうやって採取すればいいですか?」
「一般的には討伐して採取するのが定石ですね」
「できればそれはなしでお願いします。キャピルの糸みたいに安全に採取したいです」
無茶なことを言っているとは思うが、モジュラワームとまともに戦いたくないのでこちらも必死だ。
「……モジュラワームは拘束されると体液を多く噴出させますので、それを採取すればいいと思います」
おお、ということは氷魔法で下半身だけを凍らせるとかすれば、何とかいけるかもしれない。でも、それってかなり接敵しているような。
「あの、もっと接敵せずに採取するだけで済むとかは……」
俺としてはキャピルが飛ばした糸のように、手軽に回収できるような方法を知りたい。
「ありません。我慢してください」
「……はい」
現実はそう上手くいかないようだ。
ラビスの知りえる限りの方法では、特に思いつかないらしい。
きっぱりと言われてしまった。
出会って鑑定先生に聞いてみて、本当にそれ以外の方法がなかったらその方法でいこう。
俺も採取を生業とする冒険者だ。やるといった以上は、引き下がるわけにはいかないしな。
モジュラワームについて尋ねた俺は、ヒカリゴケ、魔晶石などの情報もラビスから教えてもらった。
■
情報を集め、準備を整えた俺はクラウスの依頼をこなすためにデミオ鉱山にやってきた。
ここに足を踏み入れるのも三回目。
最初はビクビクしていたが少し慣れてきたな。
でも、違う入り口から入れと言われると尻込みしてしまう。鉱山への入り口はたくさんあるからな。
調査のお陰で大体の道筋はわかるけど、慣れた入り口を使いたくなるものである。
鉱山の一階に目的の素材はないので、今回はスルー。
一階には人が多く入ってくるからか鉱石類の類も浅いとこにはないしな。素材を採取するにもある程度奥に入って採掘するのが望ましい。
ライトボールで照らしながら、前回通った坑道内を通っていく。
魔石調査で徘徊する魔物を避けて、二階へと降りて行く。
ラビスによるとこの階層から魔晶石が採れるようになり、ヒカリゴケが生えているのだとか。
魔晶石は以前、ツルハシを完成させた時にドロガンが持ってきたもので実際に目にしている。恐らく調査で検索して探し出す事ができるだろう。
「魔晶石、調査!」
調査を使ってみるも周辺に魔晶石はない模様。ということは、もう少し先にあるのかもしれない。
今日はドロガンが作ってくれたツルハシや採取道具を持っているだけに、早く素材採取できないのがもどかしい。
新しい道具を手にしたら早く使いたいに決まっている。でも、このもどかしさすら今は楽しいな。
ヒカリゴケはこの階層にあるらしいが、前に通った時に目にした覚えはないな。
多分、三階に降りるためのルート上にはなく隅の方にあるのかもしれない。
そう考えた俺は前に通ったルートを外れて、違うルートを進んでみる。
「……左側は行き止まりだな」
調査によって魔力を放てば坑道内で反響して、大体の道筋がわかる。
歩いて確かめる必要もなくわかるのは効率よく進む上でいいことだ。
いや、待てよ? 俺の目的は効率よく鉱山の中を進むことが第一ではない。勿論、それも大事ではあるが、俺の目的と楽しみは素材を見つけることだ。
行き止まりだということがわかっているからといって、ロクに確かめもせずに通り過ぎることは正しいことなのか?
その行き止まりに素材があるのだとしたら、俺はそこにある素材と巡り合えないことになる。
そう考えると自分の背筋が凍った。
「便利過ぎるスキルのせいで楽しみ方を見失うところだった」
俺が好きなことは素材を見つけて採取すること。たとえ、その先が行き止まりであろうとも、素材との出会いの可能性があるなら行くべきじゃないか。
ハッと我に返った俺はすぐに戻って、先程通り過ぎてしまった行き止まりの道を突き進む。
調査によると六十メートル先くらいで行き止まりになることはわかっている。
しかし、そこに素材との出会いの可能性があるなら構いっこない。無駄骨になろうがそれも素材採取の醍醐味だ。
魔物もいない様子なのでズンズンと進んでいくと、坑道内がわずかに淡い緑の光に照らされているのがわかった。
俺のライトボールによる光ではない。
調査を発動してみると、坑道内の壁一面が青い素材で光っていた。
もしかして、これはヒカリゴケなのではないだろうか。
慌てて近寄って壁一面で繁茂しているコケがあった。淡い緑色の光を灯しており、暗い洞窟の中で優しい色を放っている。
【ヒカリゴケ】
淡い光を放つコケ。空気中にある水分を吸収して発光する。
食用ではあるが青臭い上にあまり味がしないのでオススメしない。
観賞用として室内で育てられることが多い。
鑑定してみると、予想通りヒカリゴケと表示された。
それらがびっしりと生えているからか、壁全体が発光しているようにも見える。なんとも不思議な光景だ。
効率だけを目指して進んでいたのなら、ここにあるヒカリゴケを発見できないところであった。
やっぱり、どんなところでも探してみるということは重要なのだな。