採取した素材を換金
部屋のベッドでゴロゴロしたり、部屋から景色を眺めたりと小一時間ほど休憩をして体力を回復させた俺は、約束通りにニコに声をかけることにした。
二階から一階に降りてくると、ニコはアンナさんと共に食堂の拭き掃除をしていた。
これは仕事中だから無理に連れ出したら悪いか? などと悩んでいたら、こちらに気付いたらしいニコがしきりに目配せをしてくる。
どうやら俺から声をかけろということらしい。
「ニコ、約束してもらった通り、雑貨屋さんに案内してもらえるかな?」
「うん、任せて! ということで、母さん。私、シュウさんを案内してくる!」
「はぁ、しょうがないね。行っておいで」
嬉しそうに笑うニコと苦笑いをする俺の様子から察したらしいアンナさん。しょうがないとばかりに息を吐くが、笑って送り出してくれる。
締めるところは締めて、緩めるところは緩める。いいお母さんだな。
「それじゃあ、案内するから行こう!」
仕事から解放されて即座に出ていくニコ。
「なんかすいません」
「別にいいよ。旅人とお話をするのもあの子のためになることだから」
アンナさんに軽く頭を下げて、俺はニコを追って外に出る。
ニコは俺が出てくるのを確認すると、軽快な鼻歌を口ずさみながら歩き出す。
「嬉しそうだね」
「だって、シュウさんのお陰で仕事中なのに外に出られるんだもん!」
ニコの素直な言葉に俺は思わず笑う。
その気持ちはとてもわかる。
デスクワークが多い会社だった故に、視察やイベントごとで直行直帰とかあれば、喜んだりしたものだ。
本来ならばテーブルに齧りついていなければいけない時に、堂々と外を歩ける時の解放感といえば言葉にしようがない。
「それにシュウさんが採ってきた素材が、どんなものか気になるし!」
「近くの森で採れたものだし、そんなに珍しいものじゃないと思うけどね」
ドラゴンの鱗は珍しいし、売ればかなりの値段になるだろうがそれは売りに出さない。
ドラゴンの鱗だなんて次にいつ手に入るかわからないし、すごく綺麗なんだ。素材コレクターとしても手放したくはない。
本当にお金に困ってどうしようもない時だけに売るんだ。
「そういえば、シュウさん。どこの森を通ってきたの?」
「村の入り口から見て、左手にある川が通っている森かな」
「えっ! ラキアの森を抜けてきたの!? あそこはワーグナーとかブルーベアーとか危ない魔物が多いのに!」
どうやら俺が転移してきたところはラキアの森というらしく、危ない魔物が多いらしい。
神様、一体どうしてそんなところに転移させたんだ。もうちょっと穏便な森に転移させてくれてもいいのに。
「そ、そうだったんだ。知らなかったよ。出くわさなかったのは運が良かったのかもしれないね」
本当は調査を使って、事前に察知して迂回したから遭遇しなかったんだけどね。
素材採取の力を願っていなければ、俺はあの森で力尽きていたかもしれない。
「着いた! ここが雑貨屋さんだよ」
ニコと森のことや、村のことを話しながら歩くこと五分程度。
宿から少し離れた場所にある一軒家にたどり着いた。
ニコに促されて入ってみると、室内にはたくさんの雑貨が置いてある。
フライパンや鍋などの生活用品から、保存食やロープ、布などの日用品まで、さまざまなものが所狭しと置かれていた。
いいなぁ、神様から道具は貰っているが、それは本当に必要最低限のもの。
せっかくマジックバッグという便利なものがあるのだ。フライパンや鍋などの調理道具を入れて、外でも料理とかしてみたい。
採った素材を料理して食べる。いいな、すごくいい。
「いらっしゃい、ニコちゃん。調理道具でも買いにきたのですか?」
店内に並べられている商品を夢中で眺めていると奥から恰幅のいい眼鏡をかけた男性が現れた。
「違うよ。今日はお客さんを案内しにきたんだ。素材を売りたいんだって」
「はじめまして、シュウといいます。今日は素材を売りにきたのと、いくつか雑貨を買いにきました」
「おお、あなたが外からいらっしゃった旅の人ですね! 私はここで雑貨屋を営んでおりますポダンといいます。是非、シュウさんの採ってきた素材を見せてください」
どうやら外から旅人がきたという噂はもう回っているようだ。
ポダンさんに促されて、俺はマジックバッグに手を突っ込み、そこから森で採取した素材を出していく。
アザミ薬草、クロキノコ、ミントの葉、コモギ草、サクレツの実、ホーンラビットの角、ワーグナーの牙。それに村に向かう途中で手に入れたホワイトスネークの皮、エルゥの実、解毒草、月光草などを次々と受付台に置いていく。
「すごーい、バッグからたくさん出てくる!」
積み上げられた素材を見て驚きの声を上げるニコ。
「それはマジックバッグ! 随分と稀少なものをお待ちなのですね」
「マジックバッグって何でも入るバッグだよね? そんなに稀少なの?」
俺が思ったことをニコが代弁してくれるように尋ねてくれた。
神様から貰ったただの便利なバッグ……という感じではなさそうだ。
「高位の空間魔法使いが長い年月をかけて作成した品で、今やその技術は失われていてほとんど出回っていないのです。私も実際に目にするのは初めてです」
ポダンさんの話を聞くと、どうやらマジックバッグをしかるべきところに売るだけで、一生は遊んで暮らせる大金が入るのだとか。
まさか、そこまで凄い品物だとは思ってもいなかった。失くしたり、盗まれたりしないように注意しないとな。
「それで、こちらの素材はいくらになりますか?」
マジックバッグについて、あまり突っ込まれたくないのでこちらから尋ねてしまう。
「そうですね、種類が多いのでまずは価値の大きいものから」
そう言って、ポダンさんは台の上にある素材を仕分けしていく。
その結果、俺の左側から橙、赤、青、紫と調査で示された価値と同じように並んだ。
どうやらプロの商人と調査の見立ては同じなようだ。
「では、まずはホワイトスネークの皮! こちら脱皮した直後で大変状態がよいので、金貨四枚というところでどうでしょう?」
「は? 金貨四枚?」
ポダンさんのあまりの高額な査定に思わず間抜けな声を上げてしまう。
調査のお陰で採取することができたホワイトスネークの皮。調査で橙に光っていたことから、それなりの値段を期待してはいたが、まさか金貨四枚ほどの価値があるとは。
「すいません、滅多に入手することのできないホワイトスネークの皮。傷もなく、丸ごと残っているとなると、価値は高まりますよね。でしたら、金貨五枚、いえ、六枚でいかがでしょう!」
予想外の額に呆然としているとさらに額が跳ね上がった。
「ええ!? 金貨六枚? ただの白い蛇の皮がそんなにするの!?」
ポダンさんの査定結果にニコが食い入るように素材を眺める。
その目はまるでお金のマークだ。
「ホワイトスネークは幻の蛇と呼ばれるほど見つけるのが困難なのです。皮は汚れのない純白で品のある輝き。貴族の夫人の間では、ホワイトスネークの皮を使ったカバンを持つのが一種のステータスなのですよ」
見つけるのが困難らしいけど、俺からすればホワイトスネークで検索して調査すれば、範囲内にいさえすれば一発だ。
お偉いさんが羨望してやまない素材というわけか。それならこれだけ値段が跳ね上がるのも納得だな。
また森に入る時は狙って採取してもいいかもしれない。
「それでこちら金貨六枚でいかがでしょう? 王都などで売ればもっと高く売れるかもですが……」
商売人なのに、ここでそれを言ってしまうポダンさんに人の良さを感じた。
「いえ、ここで買い取りをお願いします」
「ありがとうございます!」
ポダンさんは嬉しそうに言うと、金貨六枚を皮袋に入れて渡してくれた。
そして、ポダンさんは手に入れたホワイトスネークの皮を大事そうに棚に置いた。
「では、次に月光草! こちらも大変価値のあるものですね。金貨三枚でいかがでしょう?」
「えー! このへんてこな草がそんなに高いの!?」
月光草の査定結果にニコが驚く。
「月光草は月の光を吸収して芽吹く花で、その蜜はひと舐めするだけで魔力回復、疲労回復効果があって、すり潰せば傷薬になり、上級ポーションの材料なんかにもなる万能の素材なんだよ」
「へー、すごい薬の材料なんだ!」
「さすがはシュウさん。よくご存じで」
鑑定先生の説明をかいつまんで言ってみただけなんだけどね。すらっと言えるように読み込んでおいてよかった。
ともあれ、これで素材を採取してきた旅人の面子はある程度守られたと思う。
「こちら金貨三枚でお願いします」
「ありがとうございます!」
この異世界のあちこちの市場を見て回っていないので正確な市場価値は知らないが、少なくともポダンさんは信じられる。
どちらにせよ、今は先立つためのお金が必要だ。
ポダンさんに月光草ひとつを渡して、金貨三枚を頂く。
これで所持金は金貨九枚と銀貨一枚、青銅貨五枚。
そうやって後の素材を売ると、金貨十枚と銀貨二枚ほどになった。
日給十万円以上か。笑いがとまらないな。
「そ、素材採取って儲かるんだね、シュウさん!」
何だろう。ニコからのリスペクトが途端に上がった気がした。
「素材採取が必ずしも儲かるわけではないですよ。これは、シュウさんの腕が特別にいいからです」
まあ、俺にはユニークスキルがあるので、素材を見つけ放題なんだけどね。
とにかく、この力で素材を採取して売れば、生活に困ることはなさそうだ。