アクセサリー販売
「ここがあたしたちがアクセサリーを売る露店区画っす!」
ロスカに連れてこられた場所は、グランテルの街の大通りから一本東に逸れた露店区画。
その中でもアクセサリーを中心に売っている場所だ。
当然、そこは女性用品がとても多く、見た限り女性向けの品が多い。
ロスカのような華やかな格好をした女性が、露店に商品を並べている。
ちなみにロスカの口調が落ち着かないので、今だけは元に戻してもらっている。
「あの、ロスカさん。こんな女性向けの区画で俺のアクセサリーが売れるとは思えないんですけど……」
「ああ、大丈夫っす! 仕切ってる人に融通してもらって、女性客、男性客の両方がきやすい場所にしてもらうっすから」
「そんなことができるんですね。助かります」
さすがにロスカがいるとはいえ、女性の園で商品を売る度胸は俺にはないな。
というか、仕切っている人にそういうことが頼めるって、ロスカってこの界隈だとすごい人だったりするのだろうか?
「あたしは露店の登録をしてくるっすから、シュウさんはここで荷物を見て待っていてくださいっす」
「わかりました」
露店の受付らしい場所では既に何人もの人が並んでいる。そこにいくつもの荷物を持って並びに行っては邪魔になるだけだからな。
大人しく荷物を見張って端っこで待機していることにしよう。
「お待たせしたっす。あたしらの場所は中央っすよ」
露店の商品や、出店者を眺めていると、ロスカが番号札を持って戻ってきた。
早速、移動を開始するロスカに、俺は荷物を抱えて付いていく。
「ここっすね」
ロスカの立ち止まった場所は、ちょうどど真ん中で周囲にある露店の商品も、木彫りの置物、帽子、マスク、古着などの露店で一般客も立ち寄りそうなラインナップだった。
ここなら女性の園ではないので、俺が気まずい思いをしなくて済む。
のんびりとそう思っている間に、ロスカは手慣れた様子でテーブルクロスを敷こうとしていたので、俺も手伝う。
ただのテーブルだったが上品なテーブルクロスを被せるだけで随分と品が出る。
ロスカはアタッシュケースを持ち上げると、そのままテーブルの上で開いた。
すると、数々のアクセサリーが現われる。
「おお、そのまま開くだけで展示できるようになっているんですね」
「この方が持ち運びも楽っすからね」
適当な物でケースの開く角度を調整してやれば、それだけで十分な展示アイテムとなっている。
「ケースにシュウさんのネックレスとかを飾ってくれていいっすよ。こっちの方が視線がいきやすいっすから」
「わかりました。ありがとうございます」
ロスカの持ってきたケースに、自分の作ったネックレスなどを飾っていく。
その間にロスカは底の低いケースなどにブレスレットや指輪なんかを飾る。
俺が作った品はあまり多くないので、少しスペースを借りたくらいだが、改めて自分たちの露店を眺めてみると、中々に豪華なものだった。
ロスカの綺麗なアクセサリーと、小道具による工夫のお陰だな。
「ちなみにシュウさん、値段は決めてるっすか?」
「あっ、全然考えていませんでした」
正直、自分の作ったアクセサリーがどれほどの値段になるか見当もつかない。
「あたし的には金貨三枚でも余裕でいける気がするっすけど」
「んー、素人の俺がそんなに高くして売れますかね?」
ロスカから買った宝石が一つ銀貨五枚だ。魔力鋼はアクセサリー一つだとそれほど消費しないので、材料費として見積もっても銀貨一枚にもならないくらい。
そこに俺のデザイン料、作業料なんかが入っても、金貨三枚というのは高いように思える。
いや、デザイン料は大事だけど、素人の作品がそれほど高く見積もることができるのか。
「大丈夫っすよ。見る目がある人は買っていくっすから」
「わかりました。でも、あまり労力がかかっていないのは、ちょっと銀貨八枚とかにしてみます」
魔力鋼を加工しただけのハート形のネックレスなんかは宝石を一切使っていない。銀貨一枚もかかっていないもの金貨三枚とかで売るのは気が引けた。
「まあ、最初は買ってもらうのが肝心っすからね。それで赤字が出ないならいいと思うっすよ。今日は大きな利益よりも、買ってもらう喜びっすから」
装飾人として活動しているロスカは、俺が値段を下げることに微妙な反応だったが、初めてということもあって尊重してくれた。
そうだな。今日は楽しまないとな。
値段の書いた札を置くと、俺とロスカは椅子に座る。
「後はお客さんがくるのを待つだけですわ」
「ちょっとドキドキしますね」
あっ、ここからはいつものロスカではなく、商売人モードのロスカになるんだ。
ロスカから放たれる楚々とした雰囲気を察して、俺は何も突っ込まないことにした。
にしても、こういう風に出店者になるのなんていつ以来だろうか。高校の文化祭以来な気がするな。
市場を眺めていると、色々な人が露店を眺めて歩いている。
何となく暇つぶしに眺めにきた人、なにか掘り出し物を探している人。こうして眺めていると、顔つきを見れば大体わかる気がするなぁ。
「どうぞ、見ていってくださいねー」
ロスカが微笑みながら声を上げると、女性がこちらに寄ってきた。
「あっ、これって新作ですよね!?」
「はい、今回は宝石のカットの仕方を新しいものにしまして」
「今回のも綺麗~っ! 宝石だけじゃなくて、デザインがいいのよね」
「ありがとうございます」
おお、すごい。ここで何度も露店をやっているからか、ロスカのファンともいえる客がバッチリいるようだ。
客が客を呼んで、俺たちの周りには多くの女性が集まる。
女性が集まれば何とやら。女性客の圧がすさまじい。
今、いる客はロスカの熱心なファンなので俺の商品を売り込む隙もないよう。まあ、彼女たちはロスカの商品の求めているのだ。無理に俺の商品を押し付けても意味がない。
もう少し落ち着いたところで営業してみようかなと思っていると、挙動不審な動きをしている獣人がいた。
「あっ、レオナさん」
レオナは周囲を警戒するように見渡すと、しなやかな動きでこちらの露店にやってきた。
「うわっ、さすがはロスカさんのアクセサリー! すっごく綺麗――って、シュウ?」
「……こんにちは」
レオナは俺に気付くと、手に取っていたアクセサリーをそっと元に戻した。
「え、えっと、なんでシュウがロスカさんの隣に?」
「わけあって自分の作ったアクセサリーをロスカさんと一緒に売らせてもらっているんですよ」
「ロスカさんと一緒に売るって一体どんな状況なのよ。あーもう、まさかこんなところにシュウがいるなんて……」
「俺がいるとマズいんですか?」
レオナは普通にアクセサリーを見に来ただけで、別に悪いことや、後ろめたいことをしているわけでもないと思うが。
率直に尋ねてみると、レオナはもじもじと視線を逸らしながら言う。
「いや、その、なんというか、こういうのを買ったりしてるのって、私のイメージと違うじゃない? ほら、ギルドでも私は男に混じって、喋ったり、騒いだりしてるからさ」
「俺はレオナさんとの付き合いが長くないですが、だからといってアクセサリーを買ったり、オシャレするレオナさんを変だと思いませんよ」
「えっ、そう?」
「ファッションなんて自己満足な部分もありますからね。自分がやりたいようにやって楽しめばいいんですよ」
明らかに似合わないものや、場所をわきまえない服装をするのであればダメだが、オシャレをすることは自由だ。
自分のイメージに合わないからといって、敬遠するのは酷く勿体ないと思う。
「そ、そっか。そうだよね。私がやりたいようにやるんだから、他の人のイメージなんてどうでもいいよね! なんか私らしくなかったかも! ねえ、シュウの作ったアクセサリーってどれなの?」
「この辺りのアクセサリーですよ」
「えっ、すご! 普通にアクセサリーしてるじゃん!」
ちょっと言葉がおかしいが、レオナが言いたいことは伝わった。
もっとクオリティの低いものだと思われていたのだろうか。
「あっ、この指輪とかシンプルでちょっとカッコいい!」
レオナがそう言って手に取ったのは、魔力鋼で作ったシンプルなデザインの指輪だ。側面に少し模様を入れているのがオシャレポイントだ。
「それなら銀貨五枚で割とお手頃ですよ」
「うん、すごく気に入ったんだけど、指輪っていうのが。魔物と戦う時に拳を使うから、指輪は邪魔になっちゃうんだよね。取り外しとかしていたら、どこかに失くしちゃいそうで怖いかも」
なるほど、拳を使って戦う冒険者ならではの悩みだな。
となると、指輪よりも別のネックレスの勧めた方がいいかな?
「それでしたら、その指輪をチェーンに繋いでネックレスにしてみます?」
なんて考えていると、隣にいるロスカが提案をしてきた。
「えっ、そんなこともできるんですか?」
「はい、専用のチェーンにつけるだけなので簡単ですよ」
なるほど、そういうこともできるのか。ただ、アクセサリーをそのまま売ることしか考えていなくて、こういうことをまったく想定していなかった。
「でも、お値段も高くなるんじゃ……」
「本来ならそうなのですが、シュウさんの商品をはじめて買ってくださるお客様ですから無料にいたします」
「じゃあ、お願いします!」
「かしこまりました。シュウさん、これを付けてもらえます? ここの金具に引っ掛けるだけですよ」
レオナから指輪を受け取ると、ロスカはそう言って専用のチェーンと共に渡してくる。
俺は言われた通りに、金具を指輪にひっかけてネックレスとして完成させた。
おお、こうして見ると、指輪のネックレスというのも悪くない。
「せっかくだから、そのままシュウさんが付けてあげたらどうです?」
いや、さすがにそこまで親しくない男が付けてあげるというのは……。
ロスカの奴、完全に俺をからかっているな。綺麗な笑みを浮かべているけど、そこはかとなく黒い。
「うん、シュウならいいや! 頼んでもいい?」
「わ、わかりました」
レオナがあっさりと了承したのに驚いたが、女性に付けてほしいと言われて、断るほど俺は空気の読めない男ではない。
「じゃあ、後ろから失礼しますね。ちょっと髪の毛を持ち上げます」
「いいよー」
レオナの後ろに回り込んで近付くと、桃のような甘いいい香りがした。
やはり、鼻の利く獣人だけあって、匂いには気を遣っているのだろうか。
いかんいかん。雑念を抱いてはいけない。
レオナの背中の髪を少し持ち上げて、肌に極力触れないようにネックレスを付けてあげる。
金具がカチッとする音がすると、ゆっくりと手を引いた。
「こちらに鏡があります」
俺がつけている間に用意していたのだろう、ロスカの準備がすごくいい。
「うん、いい感じ! ありがとね、シュウ!」
ネックレスをつけたレオナが笑顔と共に礼を言う。
自分の作ったネックレスで誰かを笑顔にすることができた。それが嬉しくてたまらなかった。
なんてことのない光景であるが、俺は一生この笑顔を忘れないと思う。
「どういたしまして」
「これお代ね」
「こちらはネックレスの収納ケースです」
レオナからお代を受け取ると、ロスカがネックレスを収納する箱や袋をレオナに手渡す。
「ありがとう!」
そうか。アクセサリーを売るにはそういう物もあった方がいいな。
何気なくしているロスカの行動には感心するばかりだ。
ロスカが人気な理由が少しわかった気がする。作るだけじゃなく、こういう気配りでお客をより満足させるんだな。




