待ち合わせ
新しい道具が手に入ると使いたくなる。今すぐに採取に行ってしまいたい気持ちだ。
とはいえ、今日はロスカに見せてみたいものがあるのでそれが済んでからだ。
「ロスカさん、ちょっと見てもらいたいものがあるんですけど、お時間いいですか?」
「あたしに見てもらいたいものっすか? なにかわからないっすけど、いいっすよ!」
特に急ぎの作業はない様子でロスカは快く返事して興味を示してくれた。
ついで、ドロガンも鍛冶場に戻るでもなく、一歩離れたところでジッと見ている。
あちらも興味があるらしい。
俺はマジックバックから四日間、魔力鋼を使って作り上げたアクセサリーをテーブルに並べる。
「アクセサリーっすか! 変わったデザインのものが多いっすね! どこで売っていたっすか?」
やはり、この街では見かけないデザインのものとあって、装飾人であるロスカはかなり興味を示してくれた。
「いや、これは売っていたのでなく俺が作ったもので……」
「えっ? シュウさんが作ったっすか!?」
俺が作ったことが意外に思えたのか、ロスカが非常に驚いている。
耳がピーンとなり、モフッとした尻尾が左右に激しく揺れた。
「この輝きや質……もしかして、魔力鋼を加工して作り上げたのか?」
「はい、そうです。魔力鋼は魔力を込めると形を変える性質があるので」
さすがは職人、鑑定がなくても少し見ただけで何の素材を使ったかわかるようだ。
「あー、えー!? もしかして、あたしの宝石を買ったのってこれを作るためっすか!?」
「そうですよ」
「非常識っす! たった四日くらいでこんなにも作るなんて……」
「え? なにが非常識なんですか?」
ネックレスの数はそう多くない。むしろ、途中からはデザインやクオリティに凝ったせいで生産数は下がったくらいだ。
四日間も宿に籠る生活をしていれば作れるものだと思うが。
「確かに魔力鋼は魔力を込めれば変形するが、それは恐ろしく時間かかるものだ」
「腕のいい魔法使いさんなんかも趣味でやったりするっすけど、作品によっては二週間、一か月と時間をかけてこれだけのクオリティのものをようやく一つ作ることができるんすよ!?」
「ええ、そんなに時間がかかるもんなんですか!?」
「まあ、お前さんはバカほど魔力があるから、一日中失敗を繰り返しながらできるんだろうな。普通の奴は魔力を込めて少しずつ変形させて、試行錯誤を繰り返して完成に近づけるものだからな」
な、なるほど。どうやら常人では魔力鋼を変形させるのも結構苦労するらしい。それに比べて俺は豊富な魔力があるものだから、一日中作っていても魔力は切れないし、失敗して魔力を動かしてやり直して作ることができるのか。
それを知ると、いかに自分が早いペースで作ったか思い知らされるな。
「それよりもこれってどこかで売ったりしないんすか?」
「売れればいいなとは思ってまして、そのためにロスカさんに見てもらおうと……」
「これならいけるっすよ! 実は今日の昼に市場で露店を出してアクセサリーを売るんすよ。よかったら、シュウさんも一緒にどうっすか!?」
「ええ? いきなり露店ですか?」
ロスカや装飾店に買い取ってもらう程度に考えていたので、自分が露店で販売するとなると尻込みしてしまう。
「大丈夫っすよ! あたしも付いていますし、シュウさんのものなら売れると保証するっす。というか、本当はあたしが全部買いたいっすけど、どうせ作ったならお客様に手に取って喜んでもらう顔を見てみたいじゃないっすか!」
確かに俺が作った物がどれだけ他の人に受け入れてもらえるかは気になる。
それにロスカの言う通り、実際に手に取る人を見てみたい。
別に自分一人で売るわけでもないし、ロスカも付いている。せっかく誘ってくれたのだから、ここは乗るべきだ。
本当は貰ったばかりの採取道具を使いたいけど、ここは我慢しよう。
「ロスカさんがそこまで言ってくれるなら参加してみたいです」
「決まりっすね! 親方、そういうわけで今日は早めに上がるっすけどいいっすね?」
「ああ、勝手にしろ」
もう興味はないのか、ドロガンはさっと工房の奥に消えていった。
「それじゃあ、昼食を食べたら中央広場にきてくださいっす」
「なにか準備するものとかあります?」
「テーブルや椅子は無料で貸してくれるっすから、シュウさんはアクセサリーとお釣りに困らないように細かいお金だけ持ってきてくれればいいっすよ。後の道具はあたしが用意してあげるっすから」
「じゃあ、お言葉に甘えて。昼食後に中央広場でよろしくお願いします」
「はーいっす!」
◆
宿に戻って休憩し、昼食を食べ終わると、俺は待ち合わせ場所である中央広場にやってきていた。
お昼には少し早いかもしれないが待たせるよりかはマシだろう。
広場の中央には噴水があり、この街の子供たちがきゃあきゃあと声を上げながら楽しそうにしている。
周りにはベンチが置かれてあり老夫婦やカップルなどが腰かけており、屋台で買った料理をのんびりと食べていた。
騒がしさはあるものの、大通りと違って落ち着きがある。
中央広場はそんなゆったりとした雰囲気の場所だ。
「あら、シュウさん。お早いですわね」
噴き出す水にはしゃぐ子供たちを眺めていると、見知らぬ女性が声をかけてきた。
赤い髪をロングヘアーにした品のいい狐獣人の女性だ。
この人は俺に声をかけてきたように思うが、こんな綺麗な知り合いはいないのだが。
勘違いするなよ俺。こういう時は大概イケメンの彼氏が後ろにいたりして、とりあえず手を上げたり、反応したりすれば恥をかくんだ。
適当な反応をするのではなく、まずは後ろを振り返って――誰もいないな?
少し横に動いてみると、目の前の女性の瞳もしっかりとこちらを追いかけてくる。
あれ? 本当に俺に声をかけられている?
「……失礼ですけど、どちら様です?」
「どちら様って、惚けてらっしゃるんですか?」
「ええ!?」
見覚えがないから尋ねてみたが、それは相手を不快にさせたようだ。形のいい眉に少しシワが寄る。
「本当にわからないんです? さっき工房で会ったばかりじゃないですか?」
「工房って――もしかして、ロスカさん?」
「そうです」
もしやと思って言ってみると、ロスカはゆっくりと頷いた。
「えええええ!?」
この女性がロスカという事実に俺はただただ驚くしかない。
ロスカと言えば、赤い髪をした狐耳の獣人だ。冷静に考えればロスカと一致するが、俺の知っているロスカと見た目も声音も語尾も全然違う。
「……あの、ロスカさん。工房にいる時と服装やら語尾が随分と違いません?」
ツインテールだった髪の毛は、ロングヘアーになって結われているし髪もサラサラだ。
服装も動きやすいものと違って、生地のいい上品なものになっている。
ロスカだと言われなければ、いいところのお嬢様にしか思えない。
「アクセサリーを売るんですよ? 売る側も綺麗な格好をした方が心象もよくなるに決まっているじゃないですか」
「な、なるほど」
確かに工房の服装や素の語尾で売るよりかは、断然売れやすそうだ。
こんなお洒落で綺麗な人が作っていると思うと、アクセサリーもより輝いて見えるというもの。
前世で同人誌をコミケで売っている女友達も、こんな風に当日はパシッと決めていて猫を被っていたな。要はイメージが大事というわけか。
「シュウさんもアクセサリーは持ってきましたね?」
「はい」
「では、露店区画に移動しましょうか」
ロスカはそう言うと、荷物を抱えながら移動をしようとする。
ただでさえ、道具を借りて持って来てもらっているのだ。ここで女性だけに荷物を持たせるのは男としてダメだ。
「荷物持ちますよ」
「あら、ありがとう」
しかし、なんだろう。俺の知っているロスカじゃないから違和感が半端ない。
こうやって荷物を持って歩いていると、俺が執事にでもなったかのような気分になる。
「すいません、今だけでもいつもの口調に戻してくれないですか?」
「はぁ……しょーがないっすね。これでいいっすか?」
「あっ、その姿で言うと凄くバカっぽいんで、やっぱり元に戻してください」
「ちょっと! それいつものあたしがバカっぽいってことっすか!? 酷いっす!」
でも、なんだかんだこっちのロスカの口調の方が落ち着くところでもあるんだよな。
結局、この後露店区画に入るまで拗ねたロスカをなだめ続けた。




