注文品の完成
ツルハシの完成日である四日後。俺はドロガンの工房に向かうために、久しぶりに外に出ていた。
四日間宿屋で魔力鋼によるネックレスやペンダント作りをして引きこもっていたので、外に出るのはちょっと久しぶりな気分だ。
デザインとかディティールに凝ると意外と時間がかかるもので、つい夢中になってしまったな。
だけど、久しぶりに室内で熱中できる何かを見つけた気がする。
一応、ロスカに出来栄えを見てもらいたくて持ってきているが、仮に売り物にならなくても趣味としてやっていけるくらいの面白さだな。
充実した生活を送るためには外での趣味だけでなく、内側の趣味も持つのも大事だな。
なんてことを考えながら南西方面に歩いていくと、あっという間に工房にたどり着いた。
「すいませーん、ツルハシと採取道具を受け取りにきました」
「おっ、シュウさんがようやくきたっすね。もう朝早くから親方がずっとソワソワしてて待ってたんすよー」
ー」
「……こいつがこねえと完成にならないだろうが。それが気持ち悪かっただけだ」
いつものように……というか、四回程度しか来ていないけど、ロスカとドロガンは今日も元気に働いているようだ。
この二人の気の置けないやり取りも既に俺の日常となったな。
「さて、最後の仕上げだ」
そう言って、ドロガンが持ってきたのは藍色に染まったツルハシだった。
魔力のこもった硬魔石が加工されて使われたもので、そのシルエットは美しさすら感じる。
派手な装飾やデザインはないが、相変わらず綺麗だ。
「これに魔力を注げ。ただし、極硬魔石になるほど注ぐんじゃないぞ。そこまでやると採掘するだけで障壁が発生するからな」
「……それって微妙に難しいですね」
極硬魔石になる手前というのがまた曖昧で難しい。まあ、黒に近くなる手前でやめればいいんだろうけど。
「まあ、仮に注ぎすぎたとしても魔晶石で吸い取ってやれるから大丈夫だ」
ドロガンがテーブルに置いたのはピンク色に光る水晶。
【魔晶石】
魔力を吸収し、保存する特性のある水晶。宿している魔力によって輝きと価値が変わる。
魔道具や錬金術の素材として使われることが多い。
魔力を溜め込みすぎると破裂する恐れがあるので注意。
鑑定してみると情報が出てきた。
確かこれって冒険者ギルドのプレートにも使われているといった素材だ。魔力を吸収し、保存する効果があるのだとか。
ギルドで壊してしまった前科があるが、染めすぎてしまっても魔晶石で吸い出すことができるのは安心だ。
「では、注ぎますね」
「おお、見といてやる」
自分の作ったものがしっかりと完成する姿を見たいのか、ドロガンはツルハシに顔を寄せてしっかりと観察する。
そんな中、俺は比較的リラックスした状態で、ツルハシに手をかざして魔力を注ぎ込む。
すると、藍色のツルハシがどんどんと暗い色になり、極限まで黒に近い色合いになる。
「もういい!」
さすがに三回目になると、ドロガンかロスカがそう叫ぶのは予想できていたので、俺は驚くことなく手を離して魔力を注ぐのをやめた。
多分、極硬魔石になる手前で留めることができたのではないだろうか。
限りなく黒に近い青に染まったツルハシをドロガンが持ち上げて観察する。
「どうなんですか……?」
じっくりと観察するドロガンにおそるおそる尋ねる。
「……わからん」
「わからないんですか!?」
あまりに真面目な顔つきで言い切るものだから、つい突っ込んでしまった。
「極硬魔石なんてほとんど触ったことがないんだ。硬魔石との微妙な境界なんて見てわかるか!」
「えー? そんなもの宝石と同じ要領で色を見て判断すればいいじゃないすか! なんでちゃんと記憶してないんすか!」
「知るか! そんな細かい色のことなんてわかるか! というか、鑑定スキルを持ってるシュウに確かめさせればいいだろうが!」
確かに鑑定スキルを持っている俺がやれば早くて確実だな。
【硬魔石で作られたツルハシ 超高品質】
試しに鑑定で確かめてみると、極硬魔石とは表示されていなかった。
「……大丈夫です。ちゃんと硬魔石になっています」
「ならこれで完成だな。ほれ、これがお前さんのツルハシだ」
鑑定の結果を伝えると、ドロガンはどこかしわの取れた満足そうな顔で告げた。
改めてテーブルの上に乗せられたツルハシを手に取ってみる。
黒々としたツルハシは一見して重苦しいイメージを抱かせるが、手に持ってみると意外に軽くて手に馴染む大きさと重さだ。
ドロガンが俺の体格から使いやすい長さの物にしてくれたんだろうな。
振ってもいないが何となく貰ったツルハシよりも手に馴染む。
「……ありがとうございます。これなら問題なさそうです」
「そうか。後は採掘で使ってみて違和感があったら教えてくれ。魔晶石で魔力を抜いて、長さの調節くらいはできる」
「わかりました……あの、採取道具の方は?」
手間暇をかけて加工してもらったツルハシも嬉しいが、それと同じくらい自分の採取道具も気になる。
「それならここに置いてあるっすよ!」
おずおずと尋ねると、ロスカが革でできた包丁ケースのようなものを持ってきた。
紐を外して解いてやると、巻き物のようにケースが広がり、銀色に輝く採取道具が露わになる。
ナイフ、鋏、ピンセット、針、串などの採取に必要なものがずらりと収納されている。
「採取道具がこんなにっ! というか、注文していないのもある!」
「……ちょっと素材が余ったから暇つぶしに作っただけだ。金は請求しないから安心しろ」
「お、おお、ありがとうございます!」
最初に会った時は忙しいとか言っていた気がするけど、それを指摘すると取り上げられそうなので黙っておくことにする。
まずはケースからナイフを取り出す。
形状はサバイバルナイフのように刃の一部分に凹凸の入ったもの。野外であらゆることに対応できるようになっている。
「このナイフなら素材も採取しやすそうです」
「ギザギザになっている部分を使えばロープだって切れる。衝撃にも強いし、多少手荒に扱っても折れたりしない」
色々な用途に使えるナイフってちょっとカッコいい。それに丈夫というのも嬉しいことだ。
前のナイフは普通のものだったので、使い方によっては壊れるんじゃないかとできないことも多かった。
しかし、このナイフなら心配もなさそうだ。
ナイフをケースに戻して、次は鋏を取り出す。
こちらはサイズ違いで二種類ある。刃の長い切断に特化したタイプと、取り回しのいいサイズの鋏だ。
開いたり閉じたりする動きがとてもスムーズであり、動きに引っかかりは一切ない。
この小さな鋏は植物系の素材を採取するのに重宝しそうだな。
ピンセットも針も串も細い形状をしているのに、どれも脆さを感じないいい仕上がり。
領主がオススメというだけあって、ドロガンの腕は本物だな。
「どれも素晴らしいです」
「フン、当たり前だ。誰が作ったと思ってやがる」
そう言って鼻息を漏らすドロガンの表情はどこか嬉しそうだった。
「それじゃあ、代金の方をお願いするっす! 採取道具が金貨四枚。ツルハシが金貨六枚で合計金貨十枚になるっす!」
値段については製作にとりかかる前に交渉していたので、特に異論はない。
ツルハシの加工費用は本来ならばもっとかかるのだが、俺自身が素材を採取してきたことや、豊富な魔力で大変質のいい硬魔石を用意したこと、領主の紹介であることが大きな割引になっている。
本来のドロガンの腕前などであれば、もっと多くのお金を取られるそうだ。
ここまでスムーズに製作してくれたのは領主のお陰なので、今度会う機会があれば感謝を伝えておこう。
約束の金貨十枚と引き換えにロスカからツルハシと採取道具を受け取った。




