坑道の危なさ
ラッゾたちと別れた俺は、そのまま突き進んで地下三階にやってきていた。
ここまで来ると完全に光が入ることはない。真っ暗な世界だ。
自分の浮かべているライトボールと、時折光を放つ発光石だけが光源となる。
薄暗い坑道を進むのは恐ろしさもあるが、調査のお陰で大まかな道のりは掴めているので気持ちは明る
い。
それにこうやって未知の場所を突き進むのは冒険をしているようなワクワク感もある。
恐怖と楽しさ半々という形容しがたい気持ちだな。
ただ暗い中で魔物と出会うのは勘弁なので、魔石による調査はできるだけこまめにやっておく。
「このまま真っすぐ行くと魔物に襲われそうだな」
この坑道を真っすぐに進んだ先には、天井にたくさんの魔物がいる。コウモリのような姿をしているからラビスの言っていたハットバットだと思われる。
さほど強力な魔物ではないが、群れとなると侮れるものではない。
その下には大量のフンもあるだろうし、あまり足を踏み入れたくはないな。
ハットバットとの戦闘を避けるために、俺は左側にある坑道を進んで迂回する。
道の確認も兼ねて調査を発動すると、地面に青色で表示される素材があった。
ライトボールで照らして見てみると、黒いアリのような魔物がバラバラになって転がっている。
【ブラックアントルの死骸】
鑑定してみると、どうやらブラックアントルという魔物のようだ。
周囲に生存している他の個体もおらず、素材として虚しく光っている。
幾分か前にきた冒険者にやられたのか、他の魔物にやられたのかは知らないが、事切れているようだ。
可哀想であるがこれがこの世界の摂理。このまま放置されるのは勿体ないので、せめて俺が使える素材を回収してあげることにしよう。
別に魔物を倒さずに素材が手に入ってラッキーだとは思っていない。
【ブラックアントルの酸袋】
腐食液を生成するための袋。その液体は鉄鉱石をも腐食させる。
【ブラックアントルの鋭い顎】
黒く光り輝く天然の鋸。強度、切れ味と申し分なく、工具として愛用する職人もいるのだとか。
【ブラックアントルのフェロモン】
惚れ薬の材料として使われることもある。ただし、ブラックアントルの近くで使用すれば、群がってくる。
【ブラックアントルの遮光眼】
日の光が苦手で視力が低下したブラックアントルの黒膜。加工すると遮光性の高いレンズになる。
意外とたくさんの素材が採取できたな。特に興味深いのは遮光眼。
ちゃんと加工してやるとサングラスとして機能するんじゃないだろうか。
この世界でサングラスをかけている人は見たことがないが、頼んで作ってもらうのも面白いかもしれない。
海に行く時に自分がかけてみてもいいし、クラウスに渡してやるのも面白そうだ。
なんてことを考えながら採取した素材をマジックバッグの中に。
「しかし、何が原因でやられたんだろうな」
これがただの魔物の死骸であれば、気にすることはない。
しかし、よく見るとこのブラックアントルの死骸は綺麗に体を切断されているのがわかる。よほど腕のいい冒険者が斬ったか、ブラックアントルを容易に斬り裂く魔物がいるのか。
前者なら頼もしいが、後者なら嫌な予感しかしないな。
ひとまず、ここでいくら考えてもわからないので、再び道を進むことにする。
魔石調査をすると、左右の坑道に魔物の姿が見えた。
右側にはワーム型の魔物が三体おり、左側にはブラックアントルらしき魔物が二体。
多分、シルエットからしてモジュラワームだろうな。
どちらも遠慮したい相手であるが、先を進む以上は避けることは難しそうだ。
ここが森であれば、見つからないようにこっそりと迂回すれば済む話であるが、決まった道と限られたスペースしかない坑道内ではそれができない。
引き返して迂回しようにも、他の道は行き止まりだった。
つまり、ここで戦闘は避けられないということだ。
右側のモジュラワーム三体と左側のブラックアントル二体であれば、ブラックアントルの方がいいに決まっている。
俺の視界では右側の坑道でモジュラワームがぬめぬめと蠢いている。遠目に見ているだけで嫌悪感がすごいのに、実際に相対すればどうなることやら。きっとトラウマになるに違いない。
というわけで、数も少なく素材を回収して親しみのあるブラックアントルだ。
俺は意を決してブラックアントルのいる左側の坑道を進む。
こちらが近付いていくと音で気付いたのか、ブラックアントルが振り返って接近してきた。
ひいい! 想像していたよりも素早い!
細い足をわしゃわしゃと動かして、ブラックアントルが迫ってくる。
「フリーズ!」
近付いてくると酸を吐いてくることはわかっているので、容赦なく氷魔法を発動。
地を這う氷はあっという間にブラックアントル呑み込み、凍り付かせた。
黒い体表をしているはずのブラックアントルの体は冷却されて真っ白に染まっていた。
しばらく様子を伺ってみるも動き出すことはない。
鑑定して死亡状態になったところで、俺はマジックバッグに収納した。
「これでブラックアントル二体分の素材が採れたな」
さっきはバラバラ死骸だったので採取できなかった素材もあっただろう。俺のコレクション品が増えた増えた。
討伐は怖いので嫌だが素材が増えるのは大歓迎だ。
ブラックアントルの素材をコンプリートしたことにより上機嫌になって歩いていると、前方で鈍い光を放つものが見えた。
慌ててライトボールを動かして照らしてみると、そこには鋼色に輝く球体のようなものがあった。
気になったので鑑定してみる。
【メタルスライム】
鉱物と魔力を蓄えて進化したスライム。雑食ではあるが特に鉱物を好む。
通常のスライムのように体を軟化させることはできないが、代わりに硬化することができる。ただのスライムの攻撃と思って油断すると、痛い目をみる。
「おお、メタルスライムだ!」
メタルスライムというと、どうしても経験値が豊富な存在を思い出してしまう。
彼らを見つけたら容赦なく倒して経験値をゲットするのが正しいのだが、この世界では特にそのような特性はないらしい。
だったら無理に討伐するつもりはないが、メタルスライムは俺の興奮した声で驚いたのか、ビクリと反応すると、球状の体を活かして転がり去っていく。
「ちょっと待てー!」
かつて幾度となく逃げられたせいか、反射的に追いかけてしまう。
なんとも不思議な気持ちだ。
坑道の先は斜面となっているせいか、メタルスライムは勢いを増して転がる。
まるで鉄の玉が転がっていくような音だ。本当に体がメタリックなんだな。
メタルスライムの生態に面白さを感じながら、ライトボールで道を照らしながら走る。
すると、坑道内でキラリと光るものが見えた。
メタルスライムとは違った、うっすらとした線のようなもの。
好奇心よりも警戒心が勝ったために、俺はメタルスライムを追いかけるのを中止して足を止めた。
「調査」
気になって調査をしてみると、坑道内に糸のようなものが張り巡らされており、赤色に光っていた。
【ゼルスパイダーの鉄糸】
ゼルスパイダーが生成し、張り巡らせた糸。とても細くて丈夫で、束ねるとさらに丈夫になる。使い方によっては物を切断することも。
鑑定してみると、どうやらゼルスパイダーが設置した糸らしい。物の切断ができるような硬度を持っていることから、あのまま気付かずに走っていたら体がスパスパと切れていたかもしれない。
もしかして、ブラックアントルもこの糸にひっかかってバラバラになっていたんじゃ。
あの不自然なほど綺麗な切断面を見ると、そのような気がする。
これからは何があっても坑道内で迂闊に走り回るのはやめよう。そう心に決めた。




