鍛冶師の工房
レッドドラゴンの素材の交渉が終わった後、屋敷でごちそうを頂いて、グランテルに送ってもらった。
領主から泊っていかないかという提案も受けたが、さすがにそれは気を遣うし、グランテルにも日帰りで行ける距離だったしな。丁寧に辞退させてもらった。
特権を持つ人は総じて癖のある人が多い。
最初はどんな人かとビクビクしていたが、領主は想像以上にこちらの生活に理解があり、気遣いのできるいい人だった。
お陰でこちらとしても不満もなく、実に有意義な取引ができたと思う。
また呼び出されるのは心臓に悪いので勘弁だが、指名依頼なら普通に引き受けようと思えた。
領主の屋敷から帰還した翌日。
領主から鍛冶師の紹介状を貰ったので、今日はドロガンという職人のところを訪ねることにした。
ツルハシだったり、採取用のナイフや鋏、ピンセットだったり。色々と欲しいものがあるからな。是非とも、ドロガンには作ってもらいたい。
朝早くの猫の尻尾亭を出発した俺は、領主に説明してもらった通りに道を進む。
宿から南西に向かっていくと、商店街、住宅地が少なくなり、代わって工房のような建物が増えてくる。
トンテンカンと金属を打ち付ける音や、ハンマーで叩く音などが聞こえてきた。
工房の庭を見ると大きな木材があり、数人がかりで木材を削っている。
違う方向では魔物の皮らしきものを水で洗い、なにかの液体に漬け込んでいる女性たちが。
どうやらこの辺りは、職人が集まっている区画のようだ。
見渡せば何かしらの物を作っている職人がいる。その作業光景はどれもが新鮮。
慣れた手つきでこなしていくプロの技を凝視したくなるが、彼らも真剣に作業をしている最中だ。ジックリと見学したいところであるが、我慢して軽く眺めるだけにしておく。
そうやって周りを眺めながら移動していると、目的地らしい工房にたどり着いた。
サフィーのお店のような柔らかい印象の民家とは程遠い、利便性と頑丈性だけを追求したようなレンガでできた工房だ。
特に『ドロガン工房』と書かれた鉄製の無骨な看板が飾ること嫌う、工房主の性格を表しているように見えるな。
どことなく入り難い雰囲気を感じるが、領主の招待状があれば怖くない。
そう言い聞かせて、俺は扉をくぐった。
「いらっしゃいませっす!」
工房の中に入ると、お出迎えの声を上げてくれたのは可愛らしい獣人の少女。
ピンと直角に立っている狐の耳にモフッとした茶色い尻尾が特徴的だ。
赤い髪をツインテールに纏めており、活発な印象を相手に与えるが、無骨な工房に比べると少し浮いている感じがするな。
ドロガンという職人はドワーフの男性だと聞いているので、この子がドロガンということはないだろう。
きっとお手伝いとか弟子とかに違いないし。
早速、ドロガンを呼んでもらおうかなと思ったが、フロアに置かれている武器や防具などの品物が気になる。
壁にかけられているのは騎士が使うような全身鎧や盾、様々な種類の剣がかけられている。
そのどれもが見事な輝きを放っている。
「なんだか洗練された美しさを感じるなぁ」
これらの品物は決して派手ではない。が、製作者の真っすぐな心と、持ち主のことを気遣う優しさに満ちている気がした。
「そうっすよね!? お客さん初めてなのに親方の良さがわかるなんてやるっすね!」
「え、ええ、どうも」
俺の口から漏れた言葉を聞いていたのか、獣人の少女が話しかけてくる。
他人との距離が近いタイプなのか、急に話しかけられて驚いた。
というか、さっきは見過ごしたが少し変な喋り方をする子だ。
「でも、あたし的には、親方はもうちょっと見た目にも気を遣うべきだと思うんすよね! この状態でもこれだけ美しいんすよ? きちんと装飾してやれば、もっと美しくなるに決まってるじゃないっすか!」
「それもそうかもしれないですけど、これはこれで無駄のない洗練された美しさだからいいんじゃないですか?」
「いやいや、美しい装飾を施すにも土台がよくなくちゃダメなんすよ! だからこそあたしは親方の造り出すものに装飾を施したいんっすよねー」
元の素材がよければ、装飾を施すとさらに際立つ。この子の持論もわかるような気がした。
そして、この子がドロガンの造り出すものを気に入っていることも。
「ところで、お客さん。今日は何の用っすか?」
「ああ、ドロガンさんに造ってもらいたいものがあって来たんですけど」
「あー、悪いっすけど親方は今立て込んでいて、新規の注文を受けていないんすよー」
用件を告げると、獣人の少女が申し訳なさそうに苦笑いする。
「それをどうにかしてもらうために、領主様から紹介状を書いてもらったんですよ」
「えー、そんなバカな――うわっ! 本当に領主様の紋章が入ってるっす!? もしかして、お客さん偉い人っすか!?」
「いや、ただの冒険者ですよ。領主様にはちょっとご縁があって、ここを紹介してもらったんです」
「な、なるほどー。領主様の紹介状があるなら断れないっすね。ちょっと親方を呼んでくるっす!」
紹介状を渡すと、獣人の少女が奥にある階段を降りて地下に消えていった。
それからしばらくすると、ずんぐりとした小さな身体に髭を生やしたドワーフの男と先程の獣人の子が出てきた。
機嫌の悪そうな顔をしながら、領主の紹介状を持っていることから、あの人がドロガンという鍛冶師で間違いないだろう。
「……お前さんが冒険者のシュウとやらだな?」
「はじめまして、シュウと申します」
「工房主のドロガンだ」
「ちなみにあたしは装飾人のロスカっす!」
ドロガンに続いて、さり気なく名乗る獣人の少女。
「なにが装飾人だ。俺はそんなの認めてねえぞ?」
「えー? いいじゃないっすか? そろそろお手伝いして半年も経ちましたし、そろそろ認めてくださいっす!」
なにやらロスカはここの正式な職人ではないようだ。
多分、ロスカがドロガンの作品に惹かれて押しかけてきたんだろうな。
「にしても、こんななよっちい奴がレッドドラゴンを討伐した冒険者ねぇ……」
「えっ、そうなんすか!? とてもそんな風には見えないっすね?」
「あはは、俺の専門は採取ですから」
レッドドラゴンを成り行きで討伐してしまってから、そんな風に言われるのも慣れっこだ。
俺自身も強そうな見た目をしているわけでもないので、仕方がないことだとは思っている。
「採取専門……というと、お前さんが採取ばかりこなしている噂の冒険者なんだな」
「あっ、それって会合で採取の得意な冒険者がいるから、デミオ鉱山に入れるようになったら、指名依頼出してやろうって皆が言ってた人のことっすね!」
どうやら俺のことは領主の紹介状を読むまでもなく、噂として知られていたようだ。
というか、なにその不吉な会合は。評価してくれるのは嬉しいけど、これ以上の指名依頼はさばき切れないぞ。
ただでさえ、最近は指名依頼が増えているというのに。
「ちょっと待て。どうして会合に参加しないお前がそれを知ってるんだ?」
「え? いや、それは……」
ドロガンが尋ねると、ロスカは露骨に視線を泳がせる。
「こいつ、また盗み聞きしてやがったな。本当にお前って奴……その長い耳をちょん切ってやろうか」
「あっ、親方それは獣人に対して絶対に言っちゃいけない言葉っすよ!」
「ケッ、お前意外に言うかっての」
ぷりぷりと怒りを露わにするロスカをよそに、フンと鼻を鳴らして腕を組むドロガン。
性格も合わなさそうな凸凹コンビであるが、なんだかんだ仲がいいことだけはわかった。




