領主の屋敷
デミオ鉱山で採掘を終えて、二日後。
領主の馬車が南の広場に迎えにくるというので、俺とルミアは早朝から待機していた。
「領主様の屋敷に招待だなんて緊張しますね」
ソワソワと落ち着きがなさそうに城門に視線をやったり、髪の毛や服を弄ったりするルミア。
迎えがいつ来るか気が気でないらしい。
俺も先程までは緊張気味だったのが、ルミアのすごい緊張振りを見ていると少しだけ冷静になれた。
自分よりも焦っている人や緊張している人を見ると、意外と冷静になれるものである。
前世でたとえると社長の自宅に招かれたようなもの。
そう思うと緊張する部分はあるが、少しだけ気が楽になった。
いや、これは決して社長を舐めているわけではない。俺の中で領主という人物の偉さや凄さがわからないので、身近にあった人で置き換えただけだ。
漠然としているよりも既知のもので理解をしておく方がいい。
「文面を見ると落ち着いた優しい人というイメージなのですが、サフィーさんからどんな人か聞いていますか?」
「えっと、師匠は手紙を渡すと自分たちに必要な分だけの素材は確保しろとだけしか……」
どこか言いづらそうに苦笑いするルミア。
サフィーにとって領主のことよりも、レッドドラゴンの素材の方が遥かに重要度が上のようだ。まあ、あの人らしいけど。
「ところでシュウさんは手土産をご用意しましたか?」
「採取したクレッセンカの蜜やグラグラベリーのジャムをビン詰めにしたものを」
「わぁ! いいですね!」
偉い人がわざわざ屋敷に招待してくれるのだ。軽い手土産くらいは用意しとおかないとな。
ちょっとした物で心象が良くなり、交渉がスムーズになるならラッキーという程度だけど。
「ルミアさんは?」
「私は以前から頼まれていたポーション類といくつかのアイテムですね」
ルミアの持っているショルダーバッグの中には丁寧に収納されたポーションやアイテムが入っている。
領主から仕事を依頼されているなんて、やっぱりサフィーはすごい錬金術師なんだな。
普段の言動がアレだから忘れがちだけど。
「あっ、もしかしてあの馬車じゃないでしょうか?」
なんて思っていると、城門から一台の馬車が入ってきてルミアが指さした。
街の商人の使っている馬車よりも明らかに質が違うし、手紙の裏に描かれていた紋章と同じものが付いているので一目でわかった。
招待状が見えるように持っていると、御者はこちらに気付いたのか馬車を回してくれた。
俺たちの前でゆっくりと馬車が停車すると、扉が開いて燕尾服を着た初老の男性が降りてくる。
「はじめまして、わたくしカルロイド=エノープス様の執事としてお仕えしております、ベルダンと申します。冒険者のシュウ様とサフィー様のお弟子であるルミア様でお間違いないでしょうか?」
「はい、招待状を貰いましたシュウと申します」
「ルミアです」
「この度は招待に応じてくださり、ありがとうございます。早速、カルロイド様のお屋敷にご案内しますので、どうぞこちらの馬車へ」
ベルダンが実に自然な動作で馬車の扉を開け、俺とルミアがおそるおそる中に入る。
馬車の中はまるで高級宿の一室のように綺麗で、寛ぎやすそうなイスが設置されていた。
実際に座ってみると、とても座り心地が良くて快適だ。
乗り合いの馬車とは居心地の良さが断然に違うな。
さすがは貴族の使う馬車といったところだろうか。
興奮の声を上げたくなるが、今は領主様に招待されている身なので礼儀正しくしなくては。
隣で感嘆の声を上げながらイスのクッション性を手で確かめているルミアが微笑ましい。
「それでは出発いたします」
ベルダンが対面に座って、後ろの壁をコンコンと叩くと、御者に通じたのか馬車がゆっくりと進み出し
た。
通常であれば出入りに関わらず列に並んで確認をする必要があるのだが、領主の馬車となると並ぶのも確認も免除されるようだ。
これが特権というものか。
「いってらっしゃいませ」
窓から外を覗くと、騎士が敬礼をしながら見送りをしてくれた。
そして、馬車の中にいる俺と目が合うと驚いたように目を見開く。
採取に行く際に、他愛のない会話をする間柄だからな。いつもは気さくな彼がピシッとした姿で敬礼する姿は少し新鮮で面白かった。
◆
「もう間もなくカルロイド様のお屋敷に到着します」
三人で会話をしながら馬車に揺られることしばらく、グランテルから少し離れた農村地帯でベルダンがそう告げた。
数分もしない内に馬車が停車したので、俺とルミアは馬車から降りる。
すると、目の前には大きな洋風の屋敷があった。
白い壁に紺色の屋根。敷地には美しい庭園が広がっている。
「それでは中にご案内します」
見惚れていた俺とルミアは、ベルダンの言葉に我に返って屋敷の中に入る。
「ようこそ、おいでくださいました」
玄関に入ると両端にメイドがずらっと並んでおり、乱れることのなくお出迎えの声を上げて、優雅な一礼をしてくれた。
すごい、メイドさんだ。メイド喫茶やコスプレのようななんちゃってではなく、それを職業としているプロの人たちだ。
きちんと仕立てられた服は何よりのこと、彼女たちの気品ある佇まいにはメイドとしての矜持が感じられる。
これを見にきただけで領主の屋敷にきた甲斐があった気がする。
床には赤いカーペットが敷かれており、高い天井にはシャンデリアのような魔道具が付いており暖かな光を放っていた。
玄関だけで前世の俺の部屋よりも余裕で広いな。格差がすごい。
「それではお部屋に案内いたします」
ベルダンがそう言って案内してくれたのは、談話室のような部屋。
質の良さそうなソファーやテーブルなどが並んでおり、窓からは日差しが差し込み、庭園が見える。
まさにゆっくりと語らうための場所だな。
「では、カルロイド様をお呼びしてまいりますので少々お待ちください」
ベルダンはそう言うと、丁寧に礼をして部屋を出た。
ベルダンがいなくなるとルミアがホッと息を吐いた。領主の屋敷とあって緊張していたのだろう。
「領主様のお屋敷ってすごいですね。とても広くて綺麗でずっと圧倒されていました」
ルミアの言う通り、豪奢な領主の屋敷に俺たちは圧倒されまくっていた。
ベルダンやメイドがいなければはしゃいでいたことだろう。
「こんな屋敷で住んでみたいですね」
「でも、シュウさんの収入なら小さめの屋敷でも十分に買えるのでは?」
「そうかもしれないですけど、俺は色々な素材を採取したいですからね。買ったところで管理もできなくてボロボロになりそうですよ」
このような広い屋敷での生活に憧れがないことはない。広くて快適な家は幸せの象徴でもある。
だけど、今はあちこちにある素材と向き合うことの方が幸せだし、楽しいので家を購入するつもりはな
い。
「逆に聞きますけど、サフィーさんの工房はどうしてあんな所に?」
国に四人しかいないマスタークラスの錬金術師となれば、依頼も引く手数多。この間、冒険者ギルドで作った口座にも、とんでもない額のお金がポンと入金されていた。
サフィーがお金を持っていないわけがない。もっといい場所に大きな工房を構えることもできるはずだ。
「あはは、師匠は大勢の人を相手にするのが苦手ですから。それにあまり広くしてしまうと散らかしてしまって、私の掃除も追い付かなくなるんです」
「あー……」
苦笑いしながら言うルミアの言葉に俺は納得した。
変わり者であるサフィーが大勢の人を相手に商売する姿はまったく思い浮かばないしな。それにルミアの下着をカウンターに干したり、下着でうろついたりする人だ。広い工房を構えれば、大変なことになる気がする。
「でも、私も師匠の今の工房を気に入っているんですよ? 静かなので錬金術に集中できますし、やってきてくれたお客さんひとりひとりに寄り添うことができますから」
「そうですね。俺もそんな二人の店に惹かれて通うわけですから」
ぶっきら棒だけで知識の豊富なサフィーと、親身になって相談に乗ってくれるルミアの店に通っているわけだしな。彼女たちの店の虜だ。
大勢の人に売ることも立派かもしれないが、少ないお客を大事にしながら寄り添う経営もいいと思う。
「カルロイド様が入室します」
なんて和やかに会話をしているとベルダンがノックして扉を開け、領主が入ってきた。