スタン
水晶をカットすると、手の平に二十センチほどの透明な水晶が転がった。
不純物はほとんどなく、透き通っていてとても綺麗だ。
透かしてみると平原の緑が見える。
「これ一本でどれだけの良質なガラスができるのです?」
「少し混ぜ込むだけで強度と透明度が上がるので、一本も使えば一般的な貴族のお屋敷分の窓がすべて良質なものになるかと」
「意外とたくさん作れるのですね」
これ一本それだけの量の良質なガラスができるのであれば、随分とコスパのいい素材のように思える。
「いえ! これはシュウさんが劣化させることなく採取してくれたからで通常ではもっとたくさんの水晶を混ぜ込まないといけないんですよ?」
「そうなんですね」
「はい! ですから、スタンニードルでスタンさせられるシュウさんはすごいんです!」
「あ、ありがとうございます」
ルミアの顔がとても近い。新しい素材の採取方法に興奮しているようだ。
「これならスライム以外の素材も劣化させることなく採取できます! つまり、今までより良質な素材を使って、錬金することができるんです!」
「ああ、ルミアの言う通り画期的な技術だな。問題はそれをできるのがシュウ君くらいしか思いつかないところだが……」
「……はい。私たちにはとてもできるような気がしません」
興奮していたルミアがどこか残念そうにシュンとする。
「多分、お二人でもできると思いますよ?」
「本当ですか?」
「はい。何度か使ったところスタンさせられるツボは、魔物の種類によって共通のようなのでツボさえ把握できれば誰でもできるかと」
遠目に見えているガラスネズミを調査スキルにかけてみたが、スタンさせられるツボはまったく同じだった。
恐らく同じ種類の魔物であれば、ツボが違うということはないのだろう。
「では、ツボを教えてもらってもいいですか?」
「額の中央、腹部、左腹部の三か所です。四足歩行で腹部と左腹部は下を向いているので、額を狙うのがやりやすいかと思います」
「わかりました! やってみます!」
スタンニードルを渡すと、ルミアが早速と動き出した。
錬金術師として後方でサポートするだけでなく、剣士として前線でも戦うこともあるのでガラスネズミへの接近に迷いがない。
が、さすがに距離が遠いこともあり、遮蔽物がなかったので十メートル地点で感知された。
ガラスネズミが甲高い声を上げて、背中にある水晶を真っすぐに飛ばす。
ルミアはそれを予測していたのか、慌てることなくステップで回避。
ガラスネズミが次の水晶を飛ばそうとした瞬間に一気に加速。
相手の不意を突き、見事にスタンニードルを額へ突き刺した。
「スタン!」
威勢のいい声と共に電流が流れ、ガラスネズミの体がビクリと震えた。
ルミアは素早く針を抜くと、警戒するように三歩ほど下がった。
「……これでスタンできたのでしょうか?」
「はい。鑑定でも確認しましたが、問題なくスタンしていますね」
「シュウ君以外の者でもスタンさせることができるとは驚きだ」
念のために鑑定スキルを発動させると、しっかりとスタン状態と表記されていた。
ルミアと対峙したガラスネズミは間違いなくスタンしている。
「やりました! 私でもスタンさせることができました!」
「見事な思い切りでした」
援護できるように魔法を待機させていたが、その必要はなかったようだ。
「ですが、気づかれてしまったせいで少し水晶がなくなってしまいました」
スタンされたガラスネズミの背中からは十本ほどの水晶が攻撃に使用されて抜けていた。
二十本は質のいい水晶を確保できるが、十本ほど逃してしまったことになる。
「遮蔽物のない平原ですからね。察知されるのは仕方がありませんよ」
「ですが、シュウさんは察知されることなくスタンさせていました」
「俺はそれが本業ですから」
街で錬金術師としての仕事をしているルミアと、外に出て素材採取ばかりしている俺に技量の差が出てしまうのは仕方ないと思うが、それでも悔しいようだ。
二匹目のガラスネズミの水晶も採取する。
ギルドで受けた依頼は水晶を二十本納品すればいい。
一匹目のガラスネズミの水晶をロスすることなく採取できたので、既に依頼は達成できているので気も楽だ。
スタンニードルの水晶を採取していると、不意に地響きのような音が聞こえた。
音の方向を見ると、そこには体長二メートルを越えた豚頭の魔物がいた。
【オーク 危険度E】
豚頭に人間のような体つきをした二足歩行の魔物。
体長が平均的に二メートルを越えている。
大きな体から放たれる一撃がとても強力だが、鈍重なために小回りは効かない。
身体の半分が脂肪分に包まれており、皮膚が分厚く痛みに鈍感。
棍棒や石斧、丸太などの武器を装備していることがある。
食用とされており、豚肉よりもジューシー。
鑑定してみると、接近してきているのはオークだった。
森で何度も見かけたことはあるが、迂回して戦闘を避けていたので戦ったことはない。
強力な一撃こそ脅威だが、鈍重なためにそれほど脅威ではないだろう。
「オークですね! 退治しましょう!」
「待て。ここはあたしに任せてくれ」
ルミアが剣を引き抜くが、静止させるようにサフィーが前に出た。
「師匠が自発的に戦おうとするなんて珍しいですね?」
「少し試してみたいことがあってな。シュウ君、オークのスタンするツボを教えてくれるかね?」
「右脇、左脇、へそ、鎖骨の中央の四か所です。スタンニードルはいりますか?」
「不要だ」
スタンニードルを手渡そうとするも、サフィーが首を横に振った。
どうやらこれを使わずにスタンさせる方法を思いついたらしい。
オークが棍棒を手にしてこちらに突っ込んでくる。
サフィーは自らの胸に手を入れると、谷間から細い棒のようなもの取り出した。
どこに武器を仕込んでいるのやら。
「【変形】」
サフィーは棒に錬金術を発動させると、細長い針へと変形。
そして、針に雷魔法を付与。針に電流が流れてバチバチと音が鳴った。
「雷針!」
サフィーはそのまま針を投擲。
射出された針はオークのツボである右脇、左脇、へそ、鎖骨の中央に刺ささった。
雷魔法の付与された針が刺さり、オークの体がビクリと震えて動かなくなる。
「すごいです、師匠! スタンニードルを使わずに錬金術と魔法でスタンさせるなんて!」
「それほどでもあるな」
などと自慢げに胸を張っていたサフィーだが、眉間にしわが寄った。
体が痺れながらもオークは手足を動かして、こちらに近づいてきているのである。
亀のような速度だがオークは動いていた。
「む? 動いているではないか。スタンできていないのか?」
「左脇の部分が右に二センチほどずれていますね。鎖骨の中央に刺さっているのは深さが足りていません。恐らくオークの分厚い皮膚に阻害されて、針の刺さりが甘くなったのでしょう」
俺が指摘すると、サフィーは微妙な顔になって追加で針を飛ばす。
「グオオオッ!?」
今度はしっかりとツボに刺さったようで、オークは指一本動かすことができなくなった。
「……思っていたよりも難しいな」
「サフィーさんの方法でもスタンさせることは可能ですが、直接針を打ち込むスタンニードルに比べると精度で劣るのかもしれませんね」
「試行錯誤が必要だな」
とはいえ、遠距離から雷魔法を付与した針を打ち込む方法は安全度が高いので有効だと言える。各々の方法にあった選択をすればいい。
「なにはともあれ、スタンニードルをこのように使うとは驚きです!」
「ああ、作ったあたしですらこのような使い道があるとは思わなかった。シュウ君の閃きには驚かされるばかりだ」
「俺も実戦の中で偶然思いついたことなので。落ち着いたらこの知識を広めて、多くの冒険者が良質な素材を採取できるようになればいいかなーと」
現状では俺のような特別なスキルを持った者しか使えないが、魔物ごとにスタンするツボを記した書物などがあれば、スキルがなくても大勢の者が使えるだろう。
「そうすれば、冒険者の質は遥かに上がるだろうし、スタンニードルも爆売れだな。よし、帰ったらスタンニードルを改良してみよう」
「師匠、その前にライラート家からの依頼をこなすのが先ですよ」
ルミアに小言を言われて嫌そうな顔をするサフィーが面白く、俺は笑った。
新作はじめました。
『異世界ではじめるキャンピングカー生活〜固有スキル【車両召喚】はとても有用でした〜』
異世界でキャンピングカー生活を送る話です。
下記のURLあるいはリンクから飛べますのでよろしくお願いします。
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