ハイボール
素材採取コミック4巻発売中!
夕方、店に戻ってくると、積み上がっていた木箱や素材はすっかりとなくなり、いつもの整理整頓された店内が戻っていた。
「お疲れ様です、仕事は無事に終わりましたか?」
「はい! つい先ほど、師匠と一緒に冒険者ギルドに納品してきたところです!」
「本当に夕方までに終わらせたのですね」
「私が本気になれば、あれくらい朝飯前だ」
だったらもっと早く本気になってくださいと言いたいが、サフィーの性格を考えると無理な話だ。
「さあ、シュウさん! 今回採取してきた素材を見せてください!」
「それは構いませんが、少し休憩した方がいいのでは?」
ルミアの顔色はいつもより悪いし、目の下には薄っすらとクマができている。明らかに寝不足だ。素材を確認するのは明日にして、今日はゆっくり休んだ方がいいと思う。
「平気です! それよりも素材を!」
そんな心配の声をかけるも、ルミアはまったく聞き入れる様子はない。
「シュウ君は未知の素材が目の前にあるのに、疲れているからといって引き返して明日にするのか?」
「それは無理ですね。すぐに素材を出します」
二人の気持ちが痛いほど理解できた俺は、これ以上心配の声を重ねることなくマジックバッグから素材を出すことにした。
「クイーンアントの蜜袋か……弾力が強く、耐水性もあるな。何かに使えそうだ」
サフィーが手に取って広げているのはクイーンアントの蜜袋。
中にある蜜はすべて取り除いているので、ただのブヨブヨとした袋となってしまったが、何かに使えそうだったので取っておいたのだ。
「こっちは魔木ですよ! 上質な魔力を宿し、武具や魔道具の媒体として使えます!」
ルミアが手に取ったのは魔木。鑑定の結果から、錬金術の万能素材になるのはわかっていたので、自分で楽しみ分だけでなく多めに確保しておいた。
やはり、錬金術師からすると喜ばしい素材だったようだ。
「クイーンアントの甲殻、牙、眼球、オリーブウオイル、爆裂コーン、天空魚のヒレ、ゴムの葉……滅多にお目にかかれない素材が山のように。さすがは稀少生物や素材が集まる美食保護区といったところか」
普段から稀少な素材に触れているサフィーからしても、美食保護区にある素材の稀少性には唸らざるを得ないようだ。
「一通りの確認が終わり、テーブルの上が空いたらガラルゴンの素材を出しますね」
なんて声をかけると、ルミアとサフィーは急いで素材を整理してテーブルの上を空けた。
早くガラルゴンの素材を見たいらしい。俺は二人の要望に応え、マジックバッグからガラルゴンの素材を出した。
「おおー! これがガラルゴンの素材か!」
「漆黒の甲殻と白銀の体毛が綺麗ですね!」
テーブルの上を占拠するガラルゴンの素材を見て、目を輝かせるサフィーとルミア。
まるで新しい玩具を見つけた子供のようだ。
「嘴はとても硬く、重いです」
「少し加工するだけでハンマーにできそうだな」
ガラルゴンの嘴は、アルトリウス家の料理人も削り出すのに随分と苦労していた様子だった。これだけの強度があれば、十分に武器としての性能も発揮できるだろうな。
「ふむ、羽には風の魔力が宿っているのか……」
「本当ですか!? どうすれば力が引き出せるのでしょう?」
「簡単だ。魔力を込めて振るえばいい。こんな風にな」
サフィーがガラルゴンの羽に魔力を込めて振るう。
ガラルゴンの羽が翡翠色の光に輝き、ふわりとした風が巻き起こった。
そこで問題が起こる。ここにいる一人の少女がスカートを履いているということだ。
風が吹くと同時にルミアの赤いスカートがふわりと舞い上がった。
「――ッ!?」
ガラルゴンの風魔力に意識が向いていたルミアだが、自身のスカートが持ち上がっていることに気付いて、慌てて両手でスカートを抑えた。
俺も顔を逸らしたが、スカートの奥にあるピンク色の布がバッチリと見えてしまった。
あれだけ派手に巻き上がったら見えてしまうのも仕方がない。
「師匠!」
「なんだ。風魔力を引き出してみろと言ったのはルミアじゃないか」
「そうかもしれませんが、やり方というものがあるじゃないですか!」
「別に見られても減るようなものでもないだろう?」
「そういう問題じゃありません!」
サフィーの羞恥心の薄さを基準にされれば堪ったものではないだろうな。
「素材に関してはいかがしますか?」
微妙な空気を変えるために俺は別の話題を提供する。
あのままだと平行線の会話が続きそうだからな。
「すべて買い取らせてくれ。値段はこれくらいでどうだ?」
サフィーが提示してきた金額は、アルトリウスが提示してきた値段とほぼ同じだった。
「結構な金額になりますが大丈夫ですか?」
きちんとした金額で買い取ってくれるのは嬉しいが、お店の苦しい経営状況を聞いてしまっただけに心配になってしまう。
「何とかなるだろ?」
工房長はとても能天気な様子なので、心配になってルミアに視線を送る。
「……ここを逃せば、ガラルゴンの素材なんて一生手に入らないかもしれませんから仕方がありません。ええ、仕方ないんです」
仕方がないと連呼するルミアの言葉は、まるで自分に言い聞かせているかのようだった。
やっぱり苦しいんだろうな。
「たくさん買い取っていただいていますし、値下げしましょうか?」
「素材の買い取り額を下げるということは、素材そのものの価値と採取人の価値を下げるということ! 私にはそんな酷い真似はできません!」
提案してみるも、ルミアは首を横に振った。
「このままの値段でお願いします」
「わかりました。では、いつもの口座に振り込みをお願いしますね」
彼女にも譲れないラインがあるようなので、俺は尊重することにした。
「うう、ギルドでの稼ぎが……」
レインコート、スライム靴などの作成依頼を受けて稼いだみたいだが、今回の買い取り額の遥かに大きい。今回の買い取りでお店の売り上げは間違いなく赤字だろうな。
「なんだ? またあたしに働けというのか?」
「そういうことです。具体的にはライラート家からの依頼を受けてあげてください」
「嫌だ。めんどくさい」
まったくこの人は本当にブレないな。
別に今すぐにお店が潰れるわけではないだろうが、帳簿と睨めっこするルミアが不憫で可哀想だ。
「ライラート家からの依頼を受けてくれれば、いいものをお渡ししますよ?」
「なんだ? ガラルゴン以上の素材を出してくれるというのかね?」
「ええ。サフィーさんにとってはそれ以上の価値があるかと思います」
俺はそう言って、マジックバッグからシュワシュワ水の入った瓶を取り出した。
「……これは?」
「美食保護区で採れたシュワシュワ水です。飲んでみてください」
「口の中で泡が弾ける。味はないが、スッと喉の奥に通り抜ける爽快感が心地いいな」
「でしょう?」
「面白い水だが、これではあたしを動かすことはできないな」
「シュワシュワ水単体ではそうかもしれませんが、これで酒を割ったらどうなると思います?」
「……なに?」
俺はマジックバッグからグラスを取り出すと、魔法で作った氷を投入。
氷の隙間を縫うようにウイスキーを注いでいく。
「それはエルド産の『ブラックラクーン』」
さすがは酒好き。ラベルを見ただけで、なんのウイスキーかと瞬時に理解したようだ。
バリスが蒸留酒を贈ってくれる際に、こういった他のおすすめの酒を送ってくれるのだ。
貴族へのお土産として取っておいたのだが、サフィーを説得するために使うことにする。
指三本分くらい注ぐと、シュワシュワ水を流し入れた。
「ああ、そんなものを割るなんて……」
サフィーが珍しくあわあわとしている。
良質なお酒だけあって割ることに罪悪感があるのだろう。だけど、問題はない。
このお酒は割っても美味しい。
炭酸が弾けることによってウイスキーの香が一気に広がる。
最後にバースプーンを差し入れると、一周ほど回すと氷を少し持ち上げるとサフィーにグラスを差し出した。
「どうぞ。ハイボールです」
サフィーは真剣な表情でハイボールを観察すると、グラスを手に取って口へ運んだ。
「シュワシュワ水で割ることによってロックやストレートと違ってごくごくと飲める! その上ウイスキーとの相性も抜群で爽快感がより際立っているじゃないか!」
ひとしきり感想を漏らすと、サフィーはごくごくと喉を鳴らす。
「ぷはぁ! やや風味や度数が落ちるもののエールのように喉に流し込めるのがいいな! もしや、このシュワシュワ水とやらは他の酒にも使えるんじゃないか?」
「ええ、他のカクテルなどにも応用ができます。お酒を味わう幅が大きく広がるでしょう」
「くれ!」
きた! お酒好きなサフィーならば、ソーダ割の素晴らしさを教えれば、必ず食いつくと思っていた。
「欲しければ、ライラート家からの品種改良の依頼を受けてください。美食保護区にはシュワシュワ水の湧き出る泉がありますし、仕事を請け負えば定期的に送ってくれること間違いないですよ」
「……ならばしょうがない。面倒くさいが依頼を受けるとしよう」
「ええっ! 師匠、依頼を受けるんですか!?」
「美味い酒を呑むためだ」
「師匠がちゃんと依頼を受けてくれるなんて……シュウさん、本当にありがとうございます」
ルミアが感激のあまり俺の手を取って感謝の言葉を告げる。
ただ依頼を受けるだけで、こんなに感謝されるとはね。
サフィーが日頃、どれだけ怠惰なのかがわかるというものだ。
「ルミア、ライラート家からの依頼書を探すの手伝ってくれ」
「伯爵家からの依頼書が見つからないってどういうことですか!?」
ホッとしていたルミアだったが、すぐに血相を変えて移動する。
とにかく、これでお店の経営は安定するだろうし、フランリューレへの義理も果たせたことになるだろう。
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